知らぬが佛と知ってる佛
二度目の癌闘病記
「イャー、多少の予測はしていたのですが、あんなに大きなものとは思いませんでした」
という君の、腫瘍の巨大さには驚きながらも、二度目とはいえ、さすがにドクターだけあって、すでに担癌を既成の事実と受け止めているものと、後藤医師は判断し、
「で……どうでしょうか、このまま入院を続けていただいて、手術に進められてはいかがですか。来週後半には手術が組めると思うんですが……」と、頭の中で所属するグループの来週の日程の段取りを確かめたうえ、君に提案した。
後藤医師には、君の見るからに七十歳代としか思えぬ壮健ぶりに、「もういいか」などという感慨は挟む余地もない、通常の提案であった。否も応もあるまい。迷う余地は全くない。
「はい、おっしゃる通りの、ご提案に従います」
どうかよろしくと答える君の、禿げてほとんどなくなってはいるがそれでもわずかに残る前髪を、【知ってる佛】は両手で掴むと、思いっきり下に引っ張って深いお辞儀をさせた。
「では、そのように段取りを組みましょう。頑張りましょう」
お任せください。と元気付けの笑顔を残して後藤医師は病室を後にした。続けて、現在の診療担当科の岡田医師が来室し、腫瘍の想像以上の大きさには驚いたことに同情を示しながら、現に通過障害が起きているから、今夜からは流動食になることを告げられた。
君にとって流動食は初めての献立である。椀に盛られた食事はすべて液体。味気ない数分間の夕食であった。でも、デザートに小さなちいさなアイスクリームがチョコンと添えてあり、思わず君の頬が小さく緩んだ。
君は、今日の次第をとりあえずラインで妻の美瑛子に知らせた。ビックリしたという返信があったが、家族にすれば危急の事態であり、内々君は悪性腫瘍の存在を疑っていることを美瑛子には言い聞かせてはいたものの、その疑いが現実と知らされては、心穏やかではいられまい。
君はその驚きの肉声を、今は聞きたくなかった。明日か明後日、面会に来た折にゆっくり対面して話せばよいと思った。