とりあえずシャワーを浴びた。浴びながら、大腸内視鏡検査で、眼前のディスプレイに映し出されたあの腫塊の大きさでは、すでにステージⅣに達しているかもしれない、[覚悟]せよ、と何度となく自分に言い聞かせていた。

夜勤の看護師から、明日からは絶食、静脈管栄養に切り替わることと、下部消化器外科病棟の病室に移ることが告げられた。

毎夜に倣って十時半に床に就き、懴悔文と禅宗の陀羅尼を唱えているうち、見慣れない環境に寝付かれないのか、【知ってる佛】と【知らぬが佛】がべちゃくちゃとおしゃべりを始めた。君は聞き耳を立てた。

『そもそも主は、ACP(患者本人と家族が、医師や介護提供者などと一緒に、現在の病気だけでなく、終末期を含めた今後の医療や介護について話し合うこと)は去年やるはずだったんじゃないのかね』

と、【知ってる佛】

『うん、わしもそう聞いていたんだが、去年は主は卆寿を迎え、主催する鍼灸師の卒後研修塾のセミナーに併せて盛大な祝賀会があっただろう。祝いのお礼にとうなった常磐津節をお前様も聞いただろうが……』

と、【知らぬが佛】

『聞いたきいた。瀧川鯉昇の枕をもじった前話も良かったし、三味線かたとわきかたに、当世名門の常磐津の師匠連に囲まれての、主の[うつぼ]の語りはまさに圧巻だったよ』

『そう、それに学術顧問となっている会社の、春期・秋期の幹部研修会を主催したり、何かと忙しい年だったもんで、ACPは来年に回したら、と言ったんだよ。それでも気になっていたんだろうね。

年明け早々、小山先生(君が最も信頼を置いている教え子の医師)の都合に合わせて三月十五日に家族を集めてACPを開いたというわけさ』

『そうか、それでACPの前に体を洗っておこうと思ってA病院付属の人間ドックへ行ったというわけか。あれはいつだったか覚えているかい』

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