「勝負あった。一本……」

宗像の甲高い声が道場内に響いた。弥十郎の振り下ろした竹刀が猛之進の横面を強かに殴打したのだった。日々の鍛錬を怠っているのは二人に言えることだったが、猛之進が勝負を急いだことが勝敗を分けたのである。

「もう一度だ、弥十郎……」

猛之進は竹刀の先革(さきかわ)を床に叩きつけると面金(めんがね)の奥でいきり立つ顔を弥十郎に向けた。

「まあ、待て、猛之進……そんなに息が上がっていてはもう戦えまい」

喘ぐように肩で息をしていた猛之進は弥十郎の言葉に暫し躊躇(ためら)いを見せていたが、何を思ったか素直に頷くと師範代の宗像に一礼して防具を外したのだった。素面になった二人の顔からはもうもうと湯気が立ち上っていた。

弥十郎は井戸端で汗を落とし、手拭いで身体を拭きながら立ち合いに負けた猛之進の心情を察してわざと朗らかな声を上げた。

「さて……それでは申し合わせていたとおり、おぬしの家に代々伝わる家宝を見せて貰いたいものだ」

「分かっておるわ。武士の約定を違(たが)えるようなことはせぬ」

猛之進は心中の冷めやらぬ余噴(よふん)を洩らすような口振りであった。こやつ怒りが収まらぬな。

弥十郎はその場の様子を見て取ったが、自分が負けていれば猛之進と同じように猛る感情を持て余していたであろうことは承知していた。

唯、弥十郎が疎(うと)んじるのは猛之進のそのような内面の心情を隠すことができぬ性格である。

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