「ねえ、今どこにいるの。雹がすごい音を立てて降っているんだけど、そっちは?」

冬輝は一言、ああ、とだけ答えて電話を切った。同じ雹の音を聞く距離にいながら、同じ子の親でありながら、この人とはもう二度と会うことはない。冬の夜明けを思わせる鋭利な確信が、凍えた心に深々と突き刺さった。

何日も部屋に閉じこもり、冬輝をたぶらかした悪意の出所を探し求めた。店内に携帯電話を持ち込んだことはないので、自称間男が過去の客の中にいるとは思えない。暗く冷たい闇夜を彷徨うような日々が続いた。

そして半ば諦めかけていた初夏の頃、今まで想像もしなかった可能性にふと気がついた。もしかして自称間男は、男ではないのではないか。

すると突然、ある人物が目の前に浮かび上がった。パブの同僚だった痩せぎすの女、田中芳子だ。ゆっくりと振り返った記憶の中の芳子が、こちらを見て穏やかに微笑んでいる。吐き気を催さずにはいられなかった。

爽香より五つ歳上の芳子は、お世辞にも上品とは言えない爽香とは正反対の、落ち着いた雰囲気が売りのホステスだ。芳子は同僚の中でも、人一倍爽香に優しかった。

快活な彼女を妹のようだと可愛がり、客足が鈍い日の控え室では、人目も憚らず無邪気に抱き締めたりもした。いつしか芳子は、爽香にとって最も気安い同僚となっていた。

さっぱりとした性格とサービス精神が受けて、爽香はすぐに人気のホステスとなった。そんな彼女に対して、周りの反応は両極端だった。遠ざかって嫉視を送る者と、変わらず親しみを持ち続けてくれる者。

芳子は後者の中で、最も親密な理解者だった。そのうち芳子とは、出勤がない日も頻繁に連絡を取り合うようになった。聞き上手の芳子が相手だと、つい夢中になって話し込んでしまう。

もちろん冬輝が出て行ったことも、荒れ狂う感情に任せて洗いざらい話した。電話の向こうの芳子は、涙声になりながら同情と激励の言葉を何度もかけて、折れかけていた心を真摯に支えてくれた。

だが冷静に考えてみると、誰よりも親密な芳子ならやり仰せるのだ。冬輝の連絡先を盗み見ることも、爽香の動向を逐一把握することも、巧みな話術で相手を翻弄することも。ここまで条件が揃うと、むしろ芳子以外には考えられなかった。

日が経つにつれ、疑念は確信へと変わっていった。その確信を裏づけるかのように、爽香が連絡を絶っても、芳子からは電話どころかメッセージの一つも届かない。芳子の露骨な沈黙は、まるで用済みとでも言わんばかりだ。