主題ハ長調

風に吹かれて

「値段云々じゃなく敢えて中古を選ぶピアニストも多いです。昔のスタインウェイの方が新品より良い材料で作ってあるし、長年使われたことによって音の響きが新品より優れている場合があるからなんです」

材料といえばピアノは木材、羊毛、鹿皮など有機的な部材に支えられているので、地球環境の諸問題を考えたら、ひと昔前の材料で作られた楽器の方が良いと考えるのが自然だ。

そして響きの問題だが、使用状況によって熟成され、新品にはない音色感が醸し出される場合があるということだ。一方、新品には自分の手で音を熟成させる楽しみが待っているわけで、自分がどんな音楽人生を思い描いているか、それが見えていないと最適な一台を選び出すのも難しいようだ。

「うーん、煮詰まったぁ」。ピアノ群に取り囲まれた和枝の、ため息交じりの笑い声が上がった。やはり音の迷宮から出られなくなってしまった。

宮田店長に「お昼でもゆっくり召し上がって出直されては」と勧められ、素直に従うことにした。

夕方近く、O型とA型を一台ずつ選び出し、二十三日のB型中古販売会第三弾で登場する一台を見るまでキープしてもらえることになった。

一年あまりに及んだピアノ探しの旅も大詰め。

ここまで何十台のピアノと出会って来ただろう。それが新品二台、まだ見ぬ中古一台にまで絞られた。廉は、店内に居並ぶスタインウェイ群を眺めながらカタルシスに浸っていた。

その時だった。宮田店長が上気した顔でバックヤードから戻ってきた。

「平林さん、二十三日に出品するB型中古がたった今届きました。これも何かのご縁です。特別にお見せしたいと思います」

大理石が似合う展示エリアの隅っこのドアを開け、コンクリート打ちっ放しのやや窮屈な部屋に二人は通された。

工具類が四方の壁に掛かっていて、中央にB型グランドピアノが圧倒的な大きさで構えていた。

勧められるままに和枝が試弾を始めたが、宮田店長が慌てて手を振った。

「平林さん、すみません! 整調、整音が思った以上にできていませんでした。この続きはどうか二十三日にお願いします」

これを聞いた和枝は冷静に頷いていた。宮田店長は、精度の低い音を聞かせたことでこのピアノの印象が下がってしまっては元も子もないと思ったのだろう。

一方、廉の方は大満足だった。音の仕上がりはともかく、美しい姿を見ることができたのだから。