中学の入学式の前日、おふくろは近所の卒業生の親に頭を下げ、沙耶伽の制服と鞄をもらい受けてきた。他の新入生の真新しい制服に比べ、おさがりの制服は袖口が擦り切れ、スカーフも垢で薄汚れていた。

そのことを友達にからかわれている沙耶伽の姿を見かけたが、僕はそのことをおふくろに話すことができなかった。

冬休み前の寒い日だった。

「この子いつも同じブラジャーを着けてるんだよね」

沙耶伽のクラスから、女の子たちの笑い声が聞こえる。机に座っている沙耶伽を三人の女の子たちが取り囲みからかっていた。

「カーキ色のジャンパー着て、一緒に歩いてんのあんたのおとうさん?」

「セイカツホゴ受けてるんでしょ? おとうさん、何やってるの?」

「徘徊している暇があるなら、仕事探せよ!」

取り巻いた同級生の黄色い笑い声に曝(さら)されながら、沙耶伽は泣くでも、怒るでも、咎(とが)めるでもなく、彼女らを無視して教科書を片付け始めた。

「なにこれ、おしゃれじゃん。セイカツホゴ受けているくせに、なんでこんなの持ってんの」

仲間の一人がクリスタルのイルカが付いた瑠璃色のボールペンを筆箱から抜き取った。

「やめて!」

沙耶伽が立ち上がって手を伸ばす。

「これちょうだい。友達だもん。いいよね」リーダー格の女の子が高く持ち上げる。

そのボールペンは、沙耶伽が芽衣おばさんからもらった最後の誕生日プレゼントだった。

「やめろよ」

僕はボールペンを取り上げて沙耶伽に返した。この騒ぎはその日のうちに学年中の噂になった。その時初めて僕は沙耶伽が森口という女子グループから、苛(いじ)めの標的になっていることを知った。

そんな出来事があった深夜だった。玄関の呼び鈴がなった。