回想の母
踊り場から扉を開け病棟へ入り詰め所に行き、看護師に要件を告げると太った看護師が英良に対応した。詰め所には三人の看護師がいて室内の中央に丸いテーブルで下を向き何か事務作業をしている看護師ともう一人、上が深いブルーのナースウエアに白いナースパンツを穿いた看護師がパソコンの画面を見ながら作業を続けている。
二人とも顔を上げず作業に集中していたのか、英良の顔を少しも見なかった。詰め所の中は看護師の業務が多忙すぎるのか、空気感が殺伐として雰囲気は良くはなくむしろ悪い雰囲気を英良は感じた。英良を案内した看護師は無愛想で何も口を利くことなく、英良から二メートルほど前を歩き、ネームプレートには「笹本」と書かれていて、彼女は看護師長らしかった。
笹本看護師長は背は低いが肩幅が広く、脇腹には十分な脂肪がありナースウエアの上からも脂肪が波を打ち段差ができており、つま先はやや外側を向いて、歩く時はガニ股気味になっていた。
笹本看護師長は感情というものがなく、あくまで現代社会が作り出した機械が人間に命令されて動くロボットのように歩いて行く。
通路ですれ違う女性職員はリネン室からシーツや枕カバーを出し、使用済みのそれらを大きな布袋へ納める作業を行い英良を見ると気軽に「こんにちは」と声掛けしたが、笹本看護師長にはそれをあえて打ち消す雰囲気があった。
暫く歩くと母のいる506号室へ着いた。四人部屋の室内には母ともう一人の患者がいて、その患者は入り口からすぐ左側のベッドで眠っていて笹本看護師長と英良には気付いている様子はなく、患者の区画は全てカーテンで仕切られて母のベッドは窓際の左側にあった。
母は英良に気が付くと、ベッドの上体部分を少し起こし会話がしやすい体勢になり、英良は持ってきた物を脇のスツールの上に置いた。気が付くと笹本師長はいつの間にか病室からいなくなっており病室は三人だけになっていた。