しばらくの沈黙のあと、いつ、と押し殺した声がした。優子は涙声で、さっき、と声をすぼめた。
「いったい、どうして」
「……」
「どうして、また―」
「……」
「聖はどうしてる?」
「ごはん食べて、ベッドにいる」
「そうか」夫の安堵が受話器から伝わってきた。優子は唇を噛んだ。
「おかあさん、今日は珍しく仕事を休んだんだって。それでおとうさんが昼過ぎに、お米の配達のついでに家に寄ったら…そうしたら…」
「落ち着けよ。な。すぐ帰るから。そのまま聖のそばで待ってろ」
電話を終えると、優子は激しく嗚咽した。呼応するように聖もまた泣き出した。
どうして、という慎の言葉が、優子の中で幾層もの木霊になる。
どうして、などと訊くのか…古い家族は誰も、そんな言葉はけして口にはしまい。
でも、どうして…一年近く頑張ってきたというのに、どうして今頃になって…。
優子の頬が一気に火照った。聖も顔を真っ赤にして、小さな拳を肩の脇で震わせながら全身で泣いている。優子はベビーベッドへ駆け寄ると聖を抱き上げ、ごめんさない、ごめんなさい、と、赤ん坊にではなく、離れた場所で冷たくなっている母親に向かって、喘ぐように詫びつづけた。
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