義昭
「……十兵衛、その方は予に黙して死ねと申すか! 予は征夷大将軍であるぞ! 臣下の信長から指図されるいわれはどこにある。このような無礼、決して許されるものではないわ!」
光秀
「公方様……決して短慮なことをなさってはなりませぬ……」
義昭
「短慮とは何だ! 臣下が主人に命令するなど、幕臣であったそなたの言葉とも思えぬ! 禄に眼が眩んだか」
光秀
「決してそのようなことはござりませぬ。公方様を敬う心根は不変のものでございまする。私が今最も重要と思っているのは『天下の静謐』でございます。それ故に今ここで公方様と信長が争うようなことがあってはならないと願っておりまする。ご披露もあと少しですので、どうぞ最後までお聞きください……」
⇒あと一条じゃ……やっと読み終えた。
義昭
「……予は別に好んで信長と争っているのではない。むしろ予くらい征夷大将軍として『天下の静謐』を願って努力している者はいない。天下の静謐を犯して騒乱を巻き起こしているのは信長の方じゃ。朝廷の件も、将軍としてやるべきことはきちんと対応している……。
ここにある改元の件も何じゃ。そもそも『元亀』と改元した趣旨は、亡き兄義輝の不遇の死を悼み、新元号で『平穏な世』が永く続くことを願ってのものじゃ。しかし、それ故に亡き兄の恨みが残るといわれるのであれば、分からなくはない。しかるべき時期に行うと信長に伝えておけ。信長の申し入れは聞いた。本日は他に所用がある!」
⇒何とした傲慢・不遜の条書か! 破り捨ててくれようか……。いやいや、それでは決別になり、信長からの資金支援がなくなってしまう。聞けば、これと同じものを他の大名にも配布したそうな。信長を倒して予の統治がなるまでは、ここは聞いたことにして、予は将軍として予の道を完遂すればよい。それが上策というものだ……。
光秀
「ははっ……」
⇒公方様は怒って席を立ってしまわれた。しかし、一応上様の条書はお伝えした。これで某の務めは果たした。
九月十五日<岐阜城:接見の間>
光秀
「上様、十二日に義昭公に御接見賜り、上様からのご異見書をお伝えして参りました」
信長
「して、将軍は何と申した」
光秀
「はっ、公方様は改元の件については時期をみて近いうちに行うとのお言葉でしたが、朝廷に対する対応や他のことはことごとくご不興にて、将軍として当然のことをやっているとの認識で、席を立ってしまわれました」
【前回の記事を読む】織田信長に再び呼び出された光秀。「十七箇条の異見書」を渡すように言われ…