第3章 貧困に耐えた中学時代
台所があわや火事に
坂下の生活で「決して忘れてはいけない出来事」があります。それは火事を起こしそうになった事です。
いつものように板の間で、家族五人ですいとんを食べていました。私が何気無く振り返った時です。そこにあるはずのない何か赤い物が見えたのです、何とそれは、台所の床に置いた七輪の下から、メラメラと上がっている炎でした。
驚いて兄と二人で、すぐお風呂の水を掛けました。視界が効かなくなる程の煙と灰が噴き上がり、周りの板の間が灰で真っ白になりました。火はすぐに消えましたが、七輪の置いてあった床に大きな黒焦げが残りました。
もしその炎が、天井や屋根に燃え移ったら古い麦藁屋根の家は、全焼したに違いありません。きわどい所で助かりました。私の失敗をどこかで神様が見て下さっていて、ギリギリの所で助けて頂いたような気持ちでした。
しかし「中学二年の十四歳の子どものした事だから」と言って済まされるはずもありません。心の動揺が収まらない中、どうしてこんな事になったのかと、反省の想いが頭の中を駆け巡っていました。
夜になり寝床の中で、
「どうして板の間に、直に七輪を置いたのだろう」
「ご飯を炊く土間のへっつい(かまど)の横に置けば良かったのに……」
「何故七輪の傷み具合に、気配りができなかったのだろう」
「七輪の底はボロボロだったのに……」
色々反省をしながら、その晩ずっと悔やんでいました。『後悔先に立たず』その物でした。
次の日父と兄は、どこからか板を工面し、黒焦げになった床の上に、張りつけました。床が綺麗になったものの、まだ気が重く気持ちが立ち直れない中、新しい七輪を父と一緒に買いに行きました。
買い物に行きたいといつも私にねだっていた父は、久しぶりの買い物に、とても嬉しそうでした。
私の失敗を知った母は、私をとがめる事は無く「みんな無事で良かったね」と言いながら、真新しい七輪をじっと見つめていました。その目線の先で、何を考えていたのか、私には知る術もありませんでした。