松本さんは、四国のご出身で年齢は80歳代後半で、この施設に入居されるまで、娘さんとお二人で自宅に暮らしていました。在宅介護を受けていらっしゃいましたが、徐々に認知症の症状が進行し、その生活を続けることは困難になったということでした。
私は、どの入居者の方であろうとも、まずは入居されると必ずご本人としっかりとお話をするようにしています。それは自立の方であろうと認知症の方であろうと問いません。
施設長として「入居者としっかりと向き合い、お話をすること」。アセスメント(情報収集・分析から、入居者の課題を把握すること)の結果を踏まえ、現在の入居者の身体的状況を確認するうえでも、これは私にとって非常に重要な確認事項です。
当初、この松本さんは私との最初の面談後、新しい居住環境に慣れないのか、夜間に徘徊して他の入居者のお部屋に入り込むなどの行動を繰り返していました。それから私は、松本さんのことをもっとよく知ろうと、1週間に2回程度、1回30分程度、事務所に松本さんをお招きして、お話をするようにしました。
雰囲気が硬くならないように、気遣いながらお名前を伺うと、自分のお名前と共に、「年齢が44歳で独身」とご自分を紹介してくださいました。相手への一方的な質問にならないよう、アセスメントシートを参考にしながら、様々なお話をしてみました。
松本さんは、小学校や女学校時代のことはよく覚えていらっしゃるようで、お父さんは学校の先生であり、厳しかったこと。また、小さい頃の遊びの話や、戦時中に蔵の中でお兄さんが俵に駆け上がってお父さんに怒られたこと等の話をされていました。
そして、松本さんと何回か話をしている内に、「私のこと」も、自分の実家の近くにあった「酒屋の御用聞きの方」だと言っていました。
お話の内容はさておき、幼い頃から少女時代の記憶はしっかりと残っているようです。この残存した記憶についての傾聴を丁寧に行いました。もちろん、「記憶を呼び起こす」ことは非常に疲れることなので、松本さんの様子を見ながら無理をさせないように配慮しました。
【前回の記事を読む】「入居者のみんなが家族だと思っていてくれたんだ」と思えた日