『無知だった領域』
ここまでくれば、昨日院さんが言っていた「SPHに気を付けろ」という言葉もデタラメだろう。やはり何の気配もない。
彼の言う理屈は分からなくもないが、やはり市民を守るために動くSPHだ。こんな民間人を強引に巻き込むような野暮なことはしないだろう。
「ブブブ……!」
突如、ポケットにしまってあったスマホがバイブレーション機能で振動する。珍しいスマホの挙動に何か緊急事態を察知した俺は、すぐにそれを手に取り確認する。
相手は院さん、電話だった。出ない訳にもいかないので、スマホ画面をタップし恐る恐る電話に出る。
「……あの、はい、もしもし。レッカです……」
「レッカか、よかった! 早速だけど憑依生命体だ! 今、学校だろ? 場所的に近いから気をつけろよ!!」
電話に出た院さんは、急いでいる様で少し早口になっていた。それに風を切る音とバイクのアクセル音がこだまして声が聞こえにくい。
「え!? え、何? 憑依……! え!? ど、どこっすか!?」
「北側だ! コンビニがある方、さっき落ちてきたところだ! オレも今そっちに向かってるところだから、SPHが来るまでお前、足止め出来るか!?」
「……でも、俺、力になれるか……、そんな」
気付けば、そんなことを口走っていた。途端に「しまった」と口を閉ざす。
「……」
俺は不意に無言になった院さんの態度が怖くなり、口答えするかのように言い訳する。
「俺、あの時は夢中で何が何だかよく分からなかったんすけど、……その、どうやったらあの力が出るのかすら、分からないんです……」
「……そっか。じゃあ、避難だな。すぐに離れるんだ」
「(お、怒らないんだ、院さん)」
急いでいる口ぶりだった喋り口調を、優しい声音に変えて語る。
その言葉に俺は、「もしここで断ってしまえば、もう二度と彼と会うことはないだろう」という予感がした。
「……」
そこで電話を切っておけば良かったものの、未だ通話状態だったため、彼の言葉が聞こえた。
「ん? 何か言いたげかな?」
その一言で俺は、好機とばかりに口を開いた。
「……ごめんなさい。やっぱ俺、野次馬として今は駆けつけていいですか?」