台風一過か。
テレビをつけると、昨晩和歌山県に上陸した台風は列島を横断することなく静岡を通過して太平洋側に逃げ、すでに温帯低気圧に変わったとのことでした。天気が変わると人の心も変わるものです。昨夜、私の心をざわつかせた「何か」も、温帯低気圧に変わったようでした。
《聖月夜》の作者の名前がわかったくらいのことでなぜあんなに興奮したのか、自分でも不思議に思えたのです。
「浜村さんにいい報告ができるといい」
晴れた空を見上げて深呼吸した私は、そのくらいの気持ちになっていました。春子さんとの約束どおり、私は喫茶《ぱるる》に午前十時過ぎに着きました。
「おはようございます」
「おはようございます。台風すごかったわね」
「関東を直撃しないで幸いでしたが、それでも結構余波がありましたよね」
「早速なんだけど」
春子さんは話し始めました。
「実は先週の金曜日、近所のお友達が北海道旅行のお土産を持ってきてくれたの。旅の好きな人でね、特に北海道が好きで、ほとんどの地域を回っているの。で、今回はどのあたりに行ってきたの?と聞いたら、留萌(るもい)に行ってきた、と」
「留萌、ですか? 確か北海道の北に近い西海岸の港町ですよね」
「うん。で、それを聞いた瞬間、ぱあ~っと思い出したのよ。あの詩を書いた記者さんの名前が、留萌なの」
「留萌? るもいさん、ですか?」
「そう、すごく珍しい名前ということだけは覚えていたのよね。でもどうしても思い出せなかった。まさかお友達の旅行先の地名で思い出すなんて」
「北海道にある留萌市と同じ名前だったということですね」
「そうなの。世の中こんなきっかけもあるものなのねぇ」
確かに珍しい名前です。今まで「留萌」という苗字の人を私は一人も知りません。
「苗字を思い出したら下の名前もなんとしても知りたくなって、丸一日かけて主人の遺品をいろいろ家探ししてみたの。何か見つからないかと」
「何かあったのですか?」
「これを」