十四 お 4260
大君は 神にしませば 赤駒の
腹這ふ田居を 都と成しつ
大将軍贈右大臣大伴卿(おほとものまえつきみ)
訳 大君は神でいらっしゃるので、赤駒でさえも腹まで漬かる泥深い田んぼすらも、立派な都とされた
【注】1 壬申の乱の平定(しず)まりし以後(のち)の歌
【注】2 壬申の乱=672年、天智天皇の子である大友皇子(近江朝廷)に対し、大海人皇子(天智天皇の弟・大友皇子の叔父)が起こした内乱。勝利した大海人皇子は明日香浄御原(あすかきよみはら)で即位。天武天皇となる
【注】3 大君は…都と成しつ=偉大な帝業への讃歌。「都と成しつ」は明日香浄御原宮の造営をいう
【注】4 腹這ふ=馬がはまって耕作に難渋する沼田の続く一帯であることを示す表現
【注】5 大将軍=大伴御行。長徳の子。天武方の将軍として壬申の乱に功績有り。家持の祖父安麻呂の兄
十五 お 235
大君は 神にしませば 天雲の雷の上に 廬りせるかも
柿本朝臣人麻呂
訳 大君は神でいらっしゃるので、雨雲の中の雷の上に仮宮を立てて籠もり精進されている
【注】1 大君は天武か持統か文武か不確定。ここでは持統説に従う
【注】2 柿本朝臣人麻呂=生没年未詳。持統~文武朝にかけて、宮廷歌人の第一人者と認められていたらしい。公的な儀礼の場においても、又、第二義的な宴の場でも数々の力作を残し、和歌史上の巨人として名を留める。官人としては下級で万葉集以外に所伝はない
【注】3 神にしませば=「し」は強調の意を表す副助詞。「座(ま)せば」は「あり・居り」の尊敬語「座(ま)す」の巳然形に、接続助詞「ば」の付いた形。順接の確定条件を表す。いらっしゃるので。「大君は神にし座せば」は天皇を現人神(あらひとがみ)と見て賛美した表現。以下に人間としては不可解な行動が示される
【注】4 天雲の=「雷」の枕詞。天雲の中にいる、の意
【注】5 雷の上に=雷岳を雷そのものに見立てた表現。明日香村北西部の小丘。雷岳は奈良県高市郡
【注】6 廬りせるかも=「廬る」は仮宮を建てて籠もり精進する事。ここでは国見の為の準備と思われる。「せ」は使役の助動詞「す」の巳然形で、尊敬の意。「る」は完了の助動詞
「り」の連体形で、存続の意。「かも」は感動を表す終助詞