「生活費を稼ぎに来たのは私だけか」

「サキコと呼んで」と、リーダーの真似をしていたずらっぽくウインクした。

「サキコさん、ぼくは仲間ですよ。仲良くしてください」と男が言い、「この人たちは違うかもしれないけど」と続けた。

サキコさんと男が僕たちをグルっと見たので、僕とユミは顔を見合わせた。

ユミはこちらに顔を向けたまま、「純粋に遊びのためだけなのは……、議論が必要ね」と言って、僕の目を覗き込むようにする。

そして、「あなたは何と呼んだらいいの?」と続け、少し首を傾げた。

三人に顔を向けられた僕は、「ヒロと呼んでもらおうかな」と、生まれて初めて自分のことをこう呼ぶことになる。

「で、君は?」と男に訊いてみたら、「イチヘイでお願いします」と言って、頭を下げた。心が和んだ。

2

八月初めまでの三週間、休日以外の毎日、朝九時過ぎから平日は夜七時近くまで、土曜は午後一時過ぎまで、東京中を走り回った。

車でおおよその目星をつけて、そこから二人一組で行動した。ユミと僕、サキコさんとイチヘイが組んだ。片っ端から飛び込み営業をし、了解が得られれば車に戻ってマットを持参する。ほとんどが路上駐車だから、三十分を目安に区切りをつける。

大抵は中に入れてもらえない。入れてもらえてもきちんと話せるのは半分程度、説明できてもOKがもらえるのは五軒に一軒、というわけで、一日十枚のノルマは容易な数字ではなかった。

運転手でリーダーのユミは、いざとなれば僕が学生証を提示すればいいことを最大限に利用した。つまり、学食で割安のランチを食べ、緑の中を散歩し、周囲に営業をかける基点として東大の本郷キャンパスをたびたび利用した。

営業所に近い千駄ヶ谷と青山、そして東大に近い本郷とお茶の水の辺りは大方歩き尽くした。

ユミの運転は確実で強引だ。狭い通りでは極端に速度を落として走り、玄関マットを置いてくれそうな小さな会社や営業所をめったに見逃さない。そのくせ国道級の道路ではひどく飛ばして僕らをハラハラさせる。

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