「今、神戸と大阪の間で工事中や。いずれ京都まで延ばすらしいけど、あと五年はかかるみたいやな」

「そうなのか」

ここ京都にも、確実に西洋の文明が到達しようとしていたのだ。鉄道はまさにその象徴で、万条はなんとなくわくわくしてきた。

やがて船が吹田を過ぎ、枚方あたりにさしかかったときだった。

「くらわんか──、くらわんか──」と、がなるような声が上流の方から聞こえてきた。

「アレハ、ナンデスカ?」

向こう岸からこちらに近付く船からのもので、ヨンケルが怪訝な顔で指さした。

「ああ、あれは、くらわんか船ですわ」安妙寺が日本語で答えた。

『くらわんか』とはこの土地の言葉で、『喰わないか』という意味だ。彼らは船客を目当てにした物売りで、食べ物や商品を載せた小舟を操り、万条たちの三十石船と併走を始めた。

万条がそれをドイツ語で説明してやると、ヨンケルは目を丸くして声を上げた。

「オー、バッケ!」

安妙寺がぎょっとした顔でヨンケルを見た。

「馬鹿?」

万条は笑いながら、安妙寺に教えてやった。

「バッケだ。ドイツ語で、『なんとまあ!』の意味だ」

ヨンケルが興味津々な様子で見つめる中、船はさらに接近してきた。

「餅くらわんか──」

「ごんぼ汁くらわんか──」

汚い言葉を連呼するのは、古くからこの地方で、悪霊を追い払うのに悪態を吐くという風習があったからだ。また旅の安全や、無病息災を願うという意味もあった。

「アレヲ、買イマショウ!」

ヨンケルは興奮気味に言った。