第一章
三
来日にあたり、ヨンケルはまず、船で大西洋を渡った。
ニューヨークに到着した後は、陸路でアメリカ大陸を横断し、サンフランシスコから再び船に乗った。そして太平洋の荒波を越え、先月ようやく横浜に降り立った。
さらに船を乗り継ぎ、神戸に到着すると、そこで十日ほど滞在した。京都での受け入れ準備が整ったところで、ヨンケルは大阪に向かい、この日は京都府の世話人が、八軒家の船着き場で出迎える手はずになっていた。
ところが明石も大木も、急遽行けなくなった。代わりに万条たちが、図らずもその大役を担うことになったのだ。
どんな人物だろう──。
万条が想いを巡らしていたとき、突然ペリー提督の肖像画が頭に浮かんできた。日本に維新をもたらした張本人のアメリカ人だ。
絵では、魔除けの鍾馗(しょうき)様のような顔をしていた。そんな男が現れるかと緊張していると、しばらくして髭面で禿げ頭の、やや小柄な西洋人が、のそりのそりと船から下りてきた。
「あれや。あれに違いないわ」安妙寺が興奮気味に言った。確かにその西洋人は、あまり背が高くなかった。しかも、お世辞にもいい男とは言えなかった。
「あれか?」
少しがっかりしながら万条が言った。だがどことなく、愛嬌のある顔だった。
「きっとそうや」と、安妙寺は自信たっぷりに答えた。
外国人の年齢は、見かけではわかりづらい。ドイツ語教師のレーマンも、二十九歳とは思えないほど老け顔で、万条はまだ半信半疑だった。
「今年で四十四歳らしいで。ええオッサンや」
安妙寺が万条の耳許で囁いた。そしていつの間に用意したのか、ヨンケルの名前を記した木の板を頭上に掲げた。
すぐにその西洋人は気付き、こちらに近付いてきた。
「やっぱりや。来るで──」安妙寺が声を震わせた。
万条も、一気に緊張が高まった。そしてあと少しというところだった。
「え……」
その西洋人が、いきなり右手を突き出してきたのだ。
万条は面食らった。思わず後ずさると、その西洋人はにこにこしながら、なんと日本語で挨拶してきた。
「ヨンケルデス。コンニチハ」