「そんなに景気が悪かったのかな。結構客は入ってたよな」

「潰れるとかじゃなくて、名前が変わるんじゃないかな」

「チェーン店とかになっちゃうのかな」

事務所の衝立の向こうから、若い者たちの声が聞こえていた。

「およし」が店を畳む……孝介は知らなかった。一人ではずっと行っていない。衝動的に行こうと思うときがあるが、面倒が起きるのは避けたかったのだ。

何があったのだろう……何かあっても、よし子からは連絡してこないだろう。何かあったとして、孝介に何ができるのだろうか。週末の遅い時間、孝介が「およし」の戸を開けると、まだ三人ばかり客があった。よし子は奥から出てきて、小声で言った。

「もうすぐ暖簾を下ろすから、少し時間を潰してきてほしいの」

孝介は黙って外に出た。

駅前まで足を延ばしたが、飲み屋に入る気にはなれなかった。大衆食堂で定食を頼んだ。何を食べているのか味がしなかった。

今夜のよし子は孝介が現れても、驚きもせず、来るのが分かっていたかの様子だった。孝介は皿の物を一つずつ、つまんで口に入れたが、時間はなかなか進まなかった。夜の人通りも少なくなっていた。

孝介が戻ってみると店の暖簾は仕舞われていて、灯りも消えていた。戸に手をかけると、するすると開いた。

「ごめんなさい、手間を取らせて」

孝介を招き入れると戸に鍵をかけた。

「ここに灯りがついていると、誰かが訪ねてくるかもしれないから、上に上がっていて。始末をしてすぐに行くから」