青木栞は大手総合商社で働いている。制服はあるものの、都心のオフィスビルにお洒落をして通勤できることに満足していたし、これで商社マンとの結婚も夢ではないと本気で考えていた。

大手総合商社の内定を勝ち得たのは、早くから就職活動を始めてコツコツと試験勉強をし、何度も先輩訪問をして面接のシミュレーションを繰り返したことの結果だと思っていた。

栞は元々が真面目な性格で、何事においても一生懸命に取り組む。傍目にはどこか苦しいほどにも見える努力の積み重ねによって、これまで成し遂げてきたものはいくつもあった。それは自分の頑張りのお陰で上手くいった成功体験として、一つまた一つと確実に積み上げられていった。

例えば小学生の頃の九九の暗唱や、漢字の書き取りは誰よりも早く覚えた。担任の先生に勧められて始めた早朝の自主マラソンも、誰が見ているわけでもないのに休むことなく早起きして毎朝走り続けた。

そして何枚もの「頑張りカード」をご褒美スタンプで一杯にした。

ホームルームの時間には先生から褒められて、クラスの皆からも「すごい、栞ちゃん頑張ったね〜」と驚かれたが、だからといってマラソンや陸上競技が好きだったわけでもないし、このマラソンのお陰で健康で丈夫な身体になったといえるほどのことでもなかった。ただ、真面目に頑張り続けただけのことだ。

要するにその取り組み自体に意味があろうがなかろうが、「これはやらなければならない」と一たびスイッチが入ると、栞は全力で頑張ってしまう。周りの皆はどうしているか、今どんな様子かと伺う余裕もなく、ただひたすらに最大限の努力をすることが常だった。

けれどその真面目さとひたむきさが生み出すいくつもの成功体験は、栞の中に自己肯定感を芽生えさせた。

――努力すれば報われる、褒めてもらえる。だからちゃんと頑張らなきゃいけないのよ。