「なんもしてねえよ。きっと昇給の話だろ。もしくは本部へのご栄転の話とか? 本部も見る目があるねえ」
「係長が本部ですか? 係長の上司は大変だ。言うこと聞かないから」
「そもそも言うこと聞かない人は本部には行けないでしょ? うちの課長みたいにイエスマンじゃないと」
加藤の周りで笑いが起きる。
「じゃあ行ってくるわ。昇給したら今日はおごりだ」
加藤は捜査員に手を振り部屋を出ようとした時、佐伯とすれ違った。
「副署長から呼び出しだ。何だろうなあ。課長さん、何か知らねえか?」
「お前が一番知ってるんじゃないのか?」
「ふん。やっぱりあんたか。このチクリ野郎が」
加藤はそう吐き捨てて副署長席に向かった。加藤が呼び出されてから三〇分が経ち、佐伯も他の刑事達も加藤の身に何が起こっているのか気にしだしていた。すると加藤が顔にうすら笑いを浮かべて刑事課に戻ってきた。その後すぐに課長席の電話が鳴った。
「はい佐伯です。はい、わかりました」
署長から至急来るようにとの呼び出しで佐伯は署長室へと向かった。
「佐伯です。入ります」
署長室に入ると、木下の他に副署長の三橋も同席していた。
「今副署長が加藤との面談を終えたんだが、課長の方で、加藤に対して何かキツく当たったりはしてないか?」
「それはどういうことですか?」
「これはあくまでも向こうの言い分だから気を悪くしないでほしいんだが、向こうは課長からパワハラを受けたと言っているんだ」
「パワハラ? 私がですか? 冗談じゃない、パワハラを受けたのは私の方ですよ」
「まあ落ち着け。向こうの言い分もちゃんと検証しないとならん。向こうはな、課長に言われたことを詳細にメモで残していてな。それを見せてもらったんだよな、副署長?」
「はい、本人は課長から辞職届を持ってこいって言われたと」
やられた。完全に加藤の術中にはまった。俺が署長にタレこむのを想定して奴はしっかり準備していたんだ。