第1部の概観

第2章 やまとの自然の姿が引き起こす様々な想い

やまとの自然の姿が人々に様々な想いを引き起こす様を歌います。

第1章の20首と第2章の20首には、相照らしての響き合いがみられます。第1章では、雪、風、月、鳥、紅葉が描かれていました。

この第2章には、鳥、月、花、鹿、紅葉が配されています。ここでは、前章と同じような風景を目にしても、おのずから人の世のはかなさに思いが至る風情が感じられます。前章同様に四季折々の自然の姿を目にしても、詠み込まれているのは、それに触発された人の想いなのです。

その想いというのは、嬉しい、楽しいというような想いではなく、ひたすら、寂しい、悲しいという類いのものです。その想いは歌を追うに従って徐々に深化してゆきます。

そして、その最後では世を捨てるという決断が描かれます。世俗からの隠いん遁とん、或いは出家という形が歌われているのです。それらは、第3章の配流という強制的な世捨てに対比される形で歌われているとみられます。

第2章全体は抒情詩の雰囲気といえるでしょう。

 

第3章 配流への思い 〜 後鳥羽院 順徳院への追慕

やまとの国の象徴である天皇が、いにしえの栄華から始まって遠島に配流されるまでの姿を、叙事詩的な要素を織り込んで歌い上げます。これまでの、二つの章に比べて、季節性はほとんど消えています。

冒頭の、いにしえの内だい裏りをことほぐ歌から、内裏の衰微を暗示する歌へと続き、そこからは、ひたすら配流の旅路をたどるかのごとく、ただちに都を遠く離れる寂しさを歌い、更に、配流の旅先での寂しいひとり寝を悲しみ、今一度都に戻ることを願いつつ、最後に、栄華の都、遠い都を懐かしみつつ歌われる、遠島に配流された両院の歌で締めくくられています。

前半60首からなる1〜3章の中で、この章は、すべて、直截的な表現で、後鳥羽院、順徳院への追慕の気持ち、鎮魂の祈り(存命ではあるが帰京の望みを絶たれた両院に対する)を表現しています。わずか20首で、朝廷の衰微とその主あるじである両院の配流に至る経緯を雄弁に物語っているのには本当に驚かされます。

承久の乱の後、鎌倉幕府の朝廷側に対する処置は極めて厳しく、後鳥羽院の隠岐への配流とともに、後鳥羽天皇の第三皇子であった順徳院も佐渡へ配流となっています。