13日目 時の移り変わりを感じる
自分の家に住み続けることは一番気が楽。
でも、老人ホームに入居するということには、「やむを得ない理由」が必ずあるはずです。入居者の方にとって自宅のほうが楽なのに、わざわざ安くはない費用を払って老人ホームに入居するのです。
もしも、入居者の方が「自宅に帰りたい」と言った場合、帰れるのでしょうか。残念ながら、難しい場合が多いはずです。医療依存度が高い、介護が必要、認知症を患っている等々、入居者の方に応じてそれぞれの理由があるはずです。
老人ホームでの生活環境には二つの面があります。
ひとつ目は、高齢者にとって過ごしやすいように老人ホーム内が室温管理されていること。そして二つ目は、感染対策をはじめ、高齢者の安全性を重視する観点から施設が閉鎖的になりがちな点が挙げられます。
このような特性から、入居者は「時間的な感覚」と「季節的な感覚」という、生活の中での時の移り変わりという感覚が、どうしても鈍りがちです。
人間が、ただそこで生きるのではなく、人間としてそこで生活するためには、時間的感覚や季節的な感覚は非常に重要なのです。
時間的感覚について、私の運営する老人ホームでは、朝はしっかりと起床介助をお手伝いして、食事もレストランへ、そして昼間はクラブ活動や、デイサービスに出ていただくようにしていました。
人間、お日様にあたるのが大切です。居室に籠り、寝てばかりだと、どうしても生活のリズムが崩れ、夜に目が覚めてしまいます。昼間は起きて活動することが一番大切です。
認知症の入居者の方々も、昼間には居室に籠りきりにしません。施設内を自由に歩いていただき身体を動かす。そして、時間を見つけては、私とその方が生まれた頃の昔話をします。
老人ホームは、閉鎖された空間となりがちであることから「臭い」には注意するものの、実は「匂い」の意識はあまり重要視されていないように感じます。
臭いとは、老人ホームにおいて生じる尿をはじめとする排せつ物から発生するものを指します。私が意識する匂いとは、生活感の「匂い」です。生活の中にある匂いは、暮らしと切っても切り離せるものではありません。
例えば、朝の食卓を準備する時の、「お味噌汁の匂い」であったり、午後のお茶の時間で、クッキーを一緒に作り、その「クッキーを焼く匂い」であったりと。
夏の夕方ともなると、私の施設では、蚊帳を吊って、その中に「蚊取り線香」を置いたりします。
入居者がつぶやく。「懐かしい」と。
それこそ入居者の皆さんが小さい頃、自分のお母さんが蚊帳を吊ってくれて、その中でお昼寝をしたことでしょう。そうすると、どこからともなく蚊取り線香の香りと煙が漂ってくる。
一日の生活の中で、生活のリズムを大切にするためには、人間が本来持つべき感覚を大切にすること。それこそが生活を楽しむための基盤に他ならないでしょう。