また、「ヨバイ」という風習はごく一般的にあり、夜中に未婚の女性の寝屋に忍び込み、性行為を行う、親は別室で知らないふりをする。娘の所に夜這いに来てくれる男性が居ないということは由々しき問題ととらえられていたという事実があったこと。娘は結婚するまでは貞操を守る……なんて感覚はもっと後世にできた慣習だったということなど、なかなか信じがたい現実があった。
「田植え歌」という風習があった。稲作は昔から延々と営まれていた農業のメインであるのだが、その中で一番辛い労働が田植えであった。昔、田植えは女性の仕事であり、男性はその補助しかしていなかった。
田植えは各個別の所有する水田をその耕作者が単独でするわけではなく、村総出でやっていた。辛い仕事を奮起させるため太鼓を持って歌う男が居り、田植えをする早乙女はその拍子に合わせて田植えをしていたのである。しかし、それも農地解放などの歴史的な出来事があり段々廃れていったのである。
対馬開拓者の梶田富五郎の話も興味深い。魚のブリを求めて、対馬にわたった漁師が村を開き、発展してゆくという話だが、当時の港作りのやり方などが記述されている。
馴染みの土地の話も出てくる。大阪近郊の南河内郡滝畑村、本書では明治維新の時にこの地における大阪から紀州に落ちる浪人者の往来が記載されている。また、私が今住んでいる兵庫県の加古川東岸についても記述があった。
村人が「寄り合あずまやい」をする四阿つまり「お堂」が非常に多い土地であるという。確かに周囲にはあちこちにお堂がある。三方が開けており、一方に神棚だか仏壇だかがあるお堂である。大きさは四畳半くらいか?子供の頃はよくそこで遊んでいたが、何をする場所なのかは全く知らなかった。
本書は取り立てて光が当たることも無い地方部の庶民の生活や昔から伝わる風習などをその地に住む老人などから聞き、記録したものである。時が経てば失われてゆくものも多かったであろう。とても貴重な民族学的記録であり、素晴らしい成果であると思う。