九 い 349

生ける(ひと) (つひ)にも死ぬる ものにあれば

この世なる間は 楽しくをあらな

大伴旅人

 人はいずれ死ぬものであるからせめてこの世にいる間は酒を飲んで楽しくありたいものだ


【注】1 大伴旅人=大宰師大伴卿(だざいのそちおおとものまえつきみ)

【注】2 博学旅人が『無常経』『漢の広陵王「歌」』『魏・武帝「短歌行」・文選二十七』を参照したのではないか

 

十 う 165

うつそみの 人にある我や 明日よりは

二上山を(いろせ)()が見む

大伯皇女(おほくのひめみこ)

 現世の人である私は明日からは二上山を私の弟として見続けよう


【注】1 二上山=葛城山系の発端、河内国と大和国の国境にあり

【注】2 3人称的発想でとらえて「我」を深く認識した表現。「うつそみ」は現世「うつせみ」の古形。ここでは人にかかる枕詞

【注】3 「いろ」は同母の兄弟を示す語

【注】4 大伯皇女=天武天皇の娘。大津皇子の同母姉

 

十一 う 802

()めば 子ども思ほゆ 栗()めば

まして(しぬ)はゆ いづくより 来りしものそ

まなかひに もとなかかりて 安眠(やすい)しなさぬ

筑前国守(つくしのみちのくちのかみ)山上憶良

 瓜を食べると子どもが思われる。栗を食べるといっそう偲ばれる。一体どこから我が子として生まれてきたのか。眼前にむやみに面影がちらついて、熟睡させてくれぬとは


【注】1 瓜=まくわうり。当時1個が約3文(米が1升で5文)。塩をなどつけてたべたのであろう。下の「栗」と共に子どもの好物

【注】2 子ども=「ども」は複数を表す接尾語

【注】3 栗=果物として高価な物の1つ

【注】4 まして偲はゆ=それにもまして偲ばれる。「偲ふ」は「しのふ」と同じ。「ゆ」は上代の自発の助動詞

【注】5 何処(いづく)より=いかなる宿縁で、どこから我が子として生まれて来たのか

【注】6 眼交(まなかひ)=「眼の交(かひ)」。「交」は交叉する事。眼前

【注】7 もとな=副詞。「本無」の意か。何にもならないのにやたらに

【注】8 安眠し寝(な)さぬ=「安眠」は1人寝の安眠。「し」は強調の副助詞。「寝さ」は「寝(ぬ)」の使役動詞「寝す」の未然形。眠らせる。「ぬ」は打ち消しの助動詞「ず」の連体形。安眠をさせてくれない 

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