「唐の思想でございましてな、完成して既に一五〇〇年ほどと聞いております。物の姿を『陰陽』の二つから考え始めるものと、『五の相(すがた)』から考えるものが、一つにまとめられたものだそうでございます。唐から我が国へ伝えられたものは、全てにおいてその影響を受けております。申楽にも沢山あります。
先日の舞台をご覧になってお分かりの様に、最近は舞台の背に松の木を描くことがあります。
『影向(ようごう)の松』と申しまして、春日大社の御神木でございます。陰陽五行では、松は北を指します。北は水の場所でもあります。舞台の四本の柱は東西南北を指し、合わせて春夏秋冬も表します」
「それは師匠より何度も承っております。台子(だいす)の柱と同じでございます。という事は、お師匠様達は北を背に南を向いて演じておられるのですか」
「そうではありません。あの松は鏡に映った松なのです。そのため、松が描かれている板を『鏡板』と申します。私達は松に向かって演じているのです。これも陰陽です。ところで舞台左に延びている『橋掛り』には、五色の幕がございます。異界との境に当たります。
それぞれの色は、
『青』は木・東・春
『赤』は火・南・夏
『黄』が土・中央・土用
『白』が金・西・秋
『黒(紫)』が水・北・冬
となります。陰陽から申しますと、青・赤が『陽』、白・黒が『陰』です」
「頭の中が絡まり始めました。少し整理する時間を頂けませんか」
「宜しいですよ。但し、私が存じておるのもこの程度ですから」
宗易は、春の日だまりに目をやった。松の根元には蕗の薹が顔を覗かせている。明け方は雪だったのに、静かに季節は動いている。
「春水は四沢に満つ」(春の雪解け水が東西南北に普く満ちている。陶淵明の詩)。
陰から陽に。そして、一日の中でも陰から陽に、陽から陰に変化が続いている。
変化し続けている。雪が解けるように、宗易の頭の中の絡みが解け始めた。