キャプテンを務めておりメンバーからの信頼も厚い。史を中心にメンバーの笑顔がはじけている。史がサーブを打った。コートの外から拍手がした。

「おう史、お前のサーブ凄いなあ。カッコいいぞ」

酒屋の息子で幼馴染の知之が微笑んでいる。

「何か用?」

「まだ続けるのか?そろそろ終われよ。一緒に帰らんか」

「もう少しね、お先にどうぞ」

〈子供の頃からちっとも変わっとらんなあ。真っすぐで頑張りぬくところ〉知之は一度だけ振り返り、足早にコートを後にした。

涼介は30歳で妻子がいる。実の兄の突然の死は、涼介のその後の人生設計に大きな影響を与えた。涼介は、自分の夢や希望とは裏腹に、兄の妻であった女性と結婚しなければならない宿命を背負っていたのである。

結婚後の涼介は、妻と連れ子の女児に精一杯の愛情を注ぎつつ、数学の道に邁進する毎日を送っていた。史と出会うまでの涼介は、女性と付き合ったことはなく、まして愛した女性などいなかった。

史と初めて言葉を交わしてから、涼介の心は平静さを失っていった。授業をしていても、思わず史に目をやってしまう。史と目が合うと胸に熱いものがこみ上げる。バレーボールの練習でキャプテンとして躍動する史を見つけると、時間を忘れて見つめてしまう。何をしていても、史が頭から離れない。

〈出会ってはいけなかったのか〉涼介は焦った。〈妻子ある身でありながら、しかも教師でありながら、こんな気持ちになってしまった〉〈忘れなければ、諦めなければ……〉焦れば焦るほど、史への気持ちが強くなる涼介。苦しくて恋しい、この募る思いを抑えきれず手紙をしたためてしまった。

「一度会ってくれないか。君を初めて見た時から、僕の心は君で満たされている」さらに「炎天に 跳ねる若鮎 みつめいし」そのような句も添えられていた。

涼介は史からの返事を一日千秋の思いで待った。学級担任でないため、意識して会わない限り、史と顔を合わせるのは数学の授業か通路でしかなかった。