「しかし、月ノ石資料館には行かれましたよね。芳名帳に確かあなたのお名前が」
もはや面接も何もあったものではありません。本人の明白な否定にもかかわらず、雨の朝に私の前に現れたこの女性が喫茶店《ぱるる》で見た美女であり、資料館を訪れた人物であると確信しながら私はなおも続けました。
「はい」
小出美夜子は柔らかに微笑みながら、
「資料館にはまいりました。あそこは一人で物思いにふけるには格好の場所ですから。あの日は朝一番、開館と同時に入りました」
「いつも朝一番なのですね」
われながら間抜けな言い草だと呆れながら、
「実は私もあの日、資料館に行ったのです。あなたの名前を芳名帳で見て覚えていたので」
「そうですか」
私の説明に関心があるともないとも、どちらにも取れる表情で美夜子は言いました。そろそろ私の個人的な質問攻撃にうんざりしているかもしれません。私は本題に入ることにしました。
しかしそれからのことはあまり覚えていません。目の前のこの女性をできるだけ長く見ていたかった。
美しさはもちろんですが、不思議なことに小出美夜子は私を懐かしい気持ちにさせたのです。初めて会ったはずなのに……近く、深く、強く、同時にとても遠い……これは加瀬久美子にはなかった感覚でした。
どちらがより美しいか? しかし二人に備わった美は似て非なるものでした。二人とも、華やかというよりはむしろ清潔感と涼やかさを持っていましたが、久美子には春の芽吹きの季節のような柔らかさ、美夜子には秋の夜を照らす月光のような静かな明るさがあります。
どちらがいいかは人それぞれでしょう。だが、今目の前に生身の女性として存在する美夜子の魅力に、私は一目で惹かれてしまったのです。
「いい人が来てくれましたね」
小出美夜子が帰ると、田沼さんが待っていたように私にそう言ってきました。