第一章 発端
《十六夜の会 第四十節》
昨日までの晴天はどこへやら、月曜日は朝から雨でした。こんな時に車通勤はありがたい。九月下旬とはいえ雨のせいかやや肌寒い外気に、私はジャケットを着こみエンジンをかけました。
雨脚は次第に強く風も出てきています。カーラジオのスイッチをひねると、気象予報士がフィリピン沖で発生した台風十九号が北上していると告げていました。この雨はまだ台風の直接の影響ではないようですが、今後の警戒は必要です。なにせ築六十年を超す住まい。台風への備えは十分なのだろうかと心配になります。
海際の国道に出ると、しばらくして例の松林が見えてきました。昨日の穏やかなたたずまいとは打って変わって、松の並木が強まる風雨に激しく揺れています。頑強そうな松林ですが、強烈な海風には柳のようにしなうしかありません。
もともとそのために植えられた林です。あの松林がなければ、国道は強い海風のダメージをもろに受けることになっていたにちがいありません。
営業所に着くと、田沼さんが早速面接者の応募資料を持って私のところに来ました。
「もう、お見えですよ」
時計を見ると八時十五分。私は少し驚いて、
「それは早いね。面接は九時からですが、田沼さんの後任としてまずは合格かな」
と言いながら、資料を手に取りました。そしてわが目を疑いました。
「小出美夜子」
応募書類の氏名欄にはそう書いてあったのです。そう、それは一昨日前、私が資料館を初めて訪れた日に受付の芳名帳に私より先に署名されていた、まさにその名前でした。
「小出(こいで)さんというの?」
「小出美夜子(こいでみやこ)さんです。あたしが出社するのとほぼ同時に来られて。もしかするともっと早く来ていて待っていたのかもしれませんけど。礼儀正しいし、品がいいし、字も綺麗で」
田沼さんの第一印象はすこぶる良いようでした。
「応接室でお待ちです。お茶はお出ししておきました」