第一章 発端
《十六夜の会 第四十節》
そしてその下には、黒い瞳と対をなすがごとく、ふっくらとした赤い唇が柔らかながらも彼女の意志の強さを示すようにきっちりと結ばれていました。
全体的にすっきりとした日本情緒の感じられる細面の顔立ちに、光をよく反射する黒い瞳と蠱惑(こわく)的な赤い唇が印象的です。その完璧とも言える美貌に見とれ、この場で言うべき言葉を私は一瞬失っていました。
「今日はあいにくの雨で」
外の雨音が激しくなってきたのに気づき、長い沈黙のあと私はやっとそう言いました。しかし長い時間と感じたのは私だけかもしれません。
「台風が近づいているようですね」
小出美夜子は私の不躾な視線を気にするふうでもなくそう言いました。
「立ち入ったことをお聞きするようですが」
自分の胸に残る疑問を解決するべく、私は小出美夜子に尋ねました。
「二日前の土曜日、月待池南交差点に面した《ぱるる》という喫茶店にいらっしゃいませんでしたか?」
小出美夜子のたっぷりとした艶のある漆黒の髪に見覚えがあったのです。が、あの日《ぱるる》で見かけたと思った女性は髪を下ろしていた。小出美夜子は頭の後ろの中ほどの位置にゴムできつく結わえています。
女性は髪型を変えると別人のようになります。果たしてこの女性があの幻の女と同一人物なのかどうか……。
小出美夜子は細い首をかしげるようにして私をまっすぐに見てから、
「いいえ」
とゆっくり答えました。