第四章 振り子の行方

お茶が手をつけられないまま冷めていくのを、春彦は物憂げに眺めていた。春彦にとって専門家は、何の役にも立たない存在だった。

郁子が流産してからの二年というもの、春彦は何がいけなかったのかとひたすら考え続けてきた。自分の中をえぐるようにして考えるその日々は春彦自身をも深く傷つけたが、そのどこにも答えを見つけることはできなかった。

それを肉親というだけでこうしてやって来て、一方的に問いただす行為に一体何の意味があるというのだろうか。

二週間前に二年間のアメリカ研修から帰国した亜希子は、職場で帰国後の引継ぎなどが忙しかったようだった。けれども、その傍らで郁子の携帯や春彦宅に度々電話を掛けてきた。一向に繋がらずにその安否に気を揉む亜希子は、とうとう春彦のスマホにまで電話をしたのだった。

その要領を得ない会話では埒が明かないと、家にまで押し掛けてきた亜希子の鼻息は相当に荒かった。

「郁ちゃんは、具合が悪くて二階で寝ています」

春彦は亜希子が何をどう言っても、こう言い返すしかなかった。

確かに大元の原因は、あの流産に間違いはないのだろう。けれどもその原因が、一つであるとは限らなかった。春彦は二年前のあの時に居合わせた亜希子こそが、郁子を追い詰めたのではないだろうかと踏んでいた。だからこそ、亜希子を今の郁子に合わせることは到底できないというものだった。

亜希子が渡米する前に春彦と郁子の元を訪れたあの日、その夜から郁子は熱を出して寝込んでしまった。まだ熱のある翌朝、弁当と水筒を用意して持たせてくれた郁子と春彦の間には、いつもとは違う空気が流れていた。

亜希子が訪れたその日の夜、春彦は郁子と同じベッドルームにいることすらできなかった。郁子はあの夜、触れられることに神経質になっていた。八年の間、一緒に連れ添ってきたというのに、その年月は一体何だったのだろうか。客間で寝るしかなかった春彦は、何の役にも立たない自分が情けなかった。

亡くした痛みは春彦も同じことだというのに、触れ合うこと以外にお互いを労り癒す方法を知らない春彦の堂々巡りは朝から止まらなかった。

「今日は一日ちゃんと寝ていてね」

春彦はこの言葉が郁子に届いたのかにさえ、自信が持てなかった。