【前回記事を読む】気が付けば、妻の姉に抱き着き声をあげて泣いていた。…妻が流産し幼児退行して2年。こみあげてくるものを耐えられなかったんだ

第四章 振り子の行方

静かに抱きしめ返してくる亜希子の背中をさすりながら、春彦は郁子とよく似た亜希子の温かさが二年の間にうらぶれた心をほぐしていくのを感じていた。あの日、同じように郁子を抱きしめられていたのなら、という思いと、もはや悲しみを共にする同士である亜希子が、どうしても春彦の脳裏で交錯するのだった。

気が付くと、春彦は思いの丈を込めた口付けを、亜希子にしていた。

その口付けに応じている自分を、亜希子は意外に思っていた。この感情は何なのだろうか。あっという間に消えてしまったその僅かな光に覚えがあるはずなのに、亜希子はそれが何なのか思い出すことができなかった。

このままでは、きっと取返しのつかないことになるだろう、と春彦は頭の片隅では考えていた。

亜希子は郁子ではないということも、十分に理解しているつもりでいた。

ところが、それとは裏腹にまるで司令塔が別にいるのか、はたまたそれがプログラミングされた行動であるかのように、春彦の身体は勝手に動いていた。

春彦はソファーまで亜希子を連れていくと、そこにそっと横たえた。

先ほどから泣き続けている亜希子も、それに抵抗することはなかった。

そっとはぎ取った衣服の下から現れた亜希子の肢体は、春彦の目には余りにも美しかった。

春彦が慌てて閉めたカーテンの隙間からソファーに差す西日が、亜希子の背を照らしその輪郭を白く浮かび上がらせていた。覆い被さるようについた春彦の腕が、断続的にソファーのスプリングを軋ませた。

春彦には、このソファーの軋む音が、時に郁子の心の叫びのようにも思えた。そこに重くのしかかる自らの罪深さを感じつつも、むしろその悲劇的な響きに同調させるように自身の心を酔わせた。

カーテンの隙間から差す西日に縁どられる亜希子の肢体は、無駄一つなく丹精して形作られた彫像のようだった。

余りにも美しい肢体を持ち、青春の象徴として憧れてきた亜希子という存在はどこか非現実的で、春彦にはこの郁子の悲鳴にも似たソファーの軋む音だけが、どうしようもないほどに冴えた現実だった。