ナツは、顔を引きつらせて、茂夫から両手を離し、数メートルも後ずさりをした。
「何じゃ!? 冗談に決まっておろうが! 随分と失礼じゃのお。わしゃあ、いたく傷ついたわい!!」
ナツは、しょんぼりとうつむき加減になって、呟いた。
「すみましぇん……」
ハルもアキオもフユも大笑いした。その時、二時を示す近くの鐘の音が大きく響き渡った。茂夫は、ハルの方に顔を向けた。
「ところで、ハルさん。ハルさんもナツと同じで理想が高いのか?」
ハルが答えようとした、その時、ナツがハルの前まで、ビュンッとすっ飛んで行き、茂夫の方を向いて立った。そして、左手を腰に当て、右手の人差し指を立てて、顔の前で左右に振った。
「違うよ、シゲじい。ナツは、この通り、可愛くて殿方にモテモテだけど、理想が高くて誰とも付き合ってないの! でも、ハル姉は、男の人なら誰でもいいんだけど、殿方が寄りつかないから、結婚したくても出来ないの!! あ、信雄さんは別ね」
「ナツ!! いい加減になさい!!」
ハルの大声が、診療所中に響きわたった。ナツは猛スピードで、部屋の隅っこに逃げてしまった。
「わしには、ハルさんがモテないようには、見えないのじゃがのお。なかなか、どうして可愛いじゃないか。年の割には」
「年の割には、は余計です!!」
ナツは、ベンチの端っこに横すわりに腰をかけ、背もたれの上に頬杖をついた。
「お姉ちゃん、実は結構モテてるのにねえ……。愛嬌あるし……。なのに、ちょっとしたことで、そうやっていちいちムキになるから、男の人に面倒くさがられて逃げられちゃうんだよ」
ハルは、ナツをにらみつけた。
「恋愛したこともないあんたが、イッパシの口をきかないの! だいたい、あなた、遠慮がなさすぎるのよ。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ? 誰のおかげで生活できてるって思ってるの!
まあ、私だって、どうしようもないほど好きになったことなんて一度もないわけだから、本当の意味で恋愛したことがあるとは言えないけどね? 私のことが面倒くさくて逃げる人なんて、こっちから願い下げよ。ちゃんとした恋愛をするなら、私が心から愛せる人で、相手も、ありのままの私を受け入れて愛してくれる人じゃなきゃ意味がないわ?
結婚なんて、一生の問題よ? いつまでも、自分をいつわり続けることなんて出来ないわ。だから、慌てずに待つことにしたの。私は、確かに頑固で融通の利かない性格よ。そんな私の欠点を欠点ではなく長所として認めてくれて、好きになってくれる人との出会いをね」