とわざと低い声を作って言った。その口調がとてもかわいらしかったので、鍛冶内は頬を緩ませて「乙音ちゃんになら」と、冗談とも本音ともつかない返答をした。至近距離にある乙音の綺麗な顔とともに、ほのかな良い香りがふんわりと鍛冶内を取り囲んだ。

「ふふふ、引きずり込むのはまた今度ね、おじさま。私の髪が6mになるまで待っててくださいな」

そんなことを言うと乙音は、優しい空気だけをボート上に作って、竜神湖の反対岸の方角に目を向けた。

「ここに来て、こうしてボートに乗っているといつも思い出すわ……」

懸命にオールを漕いでいる鍛冶内に聞かせるでもなく、乙音は静かな口調で昔のことを話し始めた。

「あれはちぃちゃんがめぶき屋に来てから、そんなに経たない日の午後のことよ。私と汐里とお母さんとちぃちゃんの四人で、ここ竜神湖にピクニックに来たことがあったの。

確かまだ肌寒い日のことで、竜神湖にも寒々しい風が吹いていた。しばらく湖畔をみんなで固まるように歩いていた私たちだったけど、やがてボート乗り場まで歩いてきた時、お母さんが言った。『せっかく来たのだから、みんなでボートに乗りましょうか』ってね。ちぃちゃんも初めての竜神湖だったから、少し寒かったけど、私と汐里はすぐに賛成した。

ちぃちゃんは、竜神湖をひと通り見回した後、『この湖、見たところ何もないから、わざわざ俺のためにボート乗らなくてもいいよ』と言ったけど、私と汐里がさかんに乗りたがるもので、最後は根負けして、じゃ乗ろうということになった。でもボートの管理人のおじさんの話では、ボートの定員は二人で、子供を加えても三人が限界だということだった。

だから仕方なく私たち四人は二つのボートに別れて乗ることになったの。で、じゃんけんをして、勝った二人と負けた二人とで別れることになった」

【前回の記事を読む】知人から聞いたイメージと違う…。関係者の話を聞いて感じた違和感。娘の真の姿は?