奥会津の人魚姫

(3)

「これ以上は知らないな、悪いけど。一番仲良かった由紀ちゃん呼ぶから、由紀ちゃんから話聞いてくださいよ」

由紀ちゃんという人は、35歳くらいの少し太り気味の女性だった。村岡に言った説明を、額に汗を浮かべながら、鍛冶内はもう一度繰り返した。

「汐里ちゃんとは主に事務の仕事を一緒にしました。私は事務なもので。汐里ちゃんは事務と現場を半分半分くらいだったかな。汐里ちゃんとのエピソードですか、う〜ん…………」

と言って、少しの間考えていたが、

「とても性格の良い、明るい子でしたね。それにあれだけの美人だから、ここだけの話、社内の独身者にはひと通り、紹介を頼まれましたよ」

由紀ちゃんは、とても淡々と語る、さっぱりとした性格の人のようだった。

「ただ誰からの誘いにも一切応じてませんでしたね。相手が誰かを聞く前から断ってたから、本人が言うように、本当に彼氏がいたのかもしれないけど。確かに家の鍵に牡牛座のキーホルダーが付いてて、彼氏の星座だとは言ってましたけどね」

村岡からも聞いた、汐里が誰かと付き合っていたという話は、千景からは聞かなかったなと鍛冶内は思った。

「ただ普通と違ってたところといえば、たまに仕事の中身を忘れることがあるってとこかな。基本的に頭の良い子なんだけど、時々前に教えたことをまるっきり忘れてることがあるんだよね。本人の説明では、たまに記憶が飛ぶことがあるんだとか。ただそのことは、社長や他の人には言わないでくれと、頼まれましたけどね。そのことのためなのかわからないけど、心療内科に通ってるとも言ってましたよ。ええと……確か、小山内(おさない)先生だったかな。病院は知らないけど」

「汐里ちゃんは高校の頃、少し不良っぽい要素があったんだけど、そんな感じありましたか?」

鍛冶内が恐る恐るそんなことを聞いてみると、由紀ちゃんは大きく笑いながらこう言った。

「まさか。冗談でしょう? 正直、私は元ヤンでしたけどね、ふふ。あの子がそうだったなんて全然思いませんでした。信じられないけど、私、あの子に騙されてたのかな。もっとも、会社に就職する時点で、元ヤン色を消す子が大半だけどね、私みたいに、はは」

丁寧に礼を言って、鍛冶内は印刷所を後にした。