第一章 新たな訪問者
カトマンザ
ベイビーフィールはじっと狢の口元を見ていたが、すぐにニコッと笑ってうなずいた。その部屋は明るく、ドアもないのに一つの孤立した空間になっていた。鏡のようにピカピカした幾つかの白い家具と白い木馬。ベビーベッドに寝ているのは木彫りの人形(ベイビードール)だ。
「イカす部屋だね」
狢は妙にふわふわした円いスツールに座って、小さなベイビーフィールが小さな小さなベイビードールに世話をやく様子をぼんやり眺めていた。
カトマンザの至る所に闇があり、闇と闇との間には別の空間が存在している、まるで仮想世界みたいだ……
と、狢は突然弾かれたように立ち上がった。ベイビーフィールが驚いて見ていたが、それにはかまわず緑のカンファタブリィの広間に戻った。そして分厚いドアが嵌まっていた土壁を見た。
「あっ」
床に生えていた小さなキノコがピクンとなびいた。
「どうしたの?」
ナンシーは少しだけ眉を上げて狢を見たが、すぐに美しいフォレストグリーンの目を細めた。狢が土壁を指差して言った。
「ドアがなくなっている!」
狢は少し前、土壁に嵌まった分厚い木のドアから入ってきた。今そのドアは跡形もなく消え、壁には紅茶色の毛におおわれた一対の耳があるだけだ。
《入り口は出口ではない》ということが狢にははっきりとわかった。
「ナンシー、出口はどこ?」
それを聞くとナンシーは更に目を細めて言った。
「あなた心配性なのね、狢。大丈夫、そのうちわかるわ」
狢がなおも丸い目で見つめていると、ナンシーは仕方がないというように目を伏せた。
「出口ではないけれど終わりはあるわ」
「終わり? カトマンザの終わり?」
ナンシーが指差した先にあったのは、深く暗い海のように青くたゆたう闇。その青い闇の向こうに目を凝らす狢。
「あれは……森? 森がある?」