カトマンザの闇の奥に広がるカトマンザの森、その森の果てには巨大な石の砦(とりで)があるという。
Eスクエアと呼ばれる奥深い森の果ての異空間。そびえ立つ高さ五十メートルの石壁、その肌合いは硬くなめらかだ。そこにはふさふさと顎ひげを生やした恰幅の良い老紳士が一人いて石の砦の番をしているという。
老紳士の名はエジンバラ卿、黒いシルクハットに燕尾服、腰の後ろで手を組んで高い石壁に囲まれた孤高の沈黙(しじま)を守っている。
カトマンザの終点Eスクエア。渾然たる地平に出現するモノクロの冷厳な要塞。エジンバラ卿は一体そこで何を守っているのか。
その目的、存在理由(レゾンデートル)さえ今はまだ謎に包まれている。狢は青い闇の向こうに広がる森を見つめて呆然と立ち尽くしていた。
足を踏み入れるとたちまち親密な気配に包まれる。それは暗い闇のどこかにいるカプリスの温もり。
誰もがいつもカプリスのことを考えていた。困ったことがあれば真っ先にカプリスに相談するし、頼めば面白い話をたくさん聞かせてくれる。
ただカプリスはあまりに長いこと闇の中から出てこないので誰も彼の姿を思い出せない。いやむしろ、かつて誰かカプリスの姿を見たことがあっただろうか?
背の高い黒人だったような気もするしミルクホワイトのうさぎだったかもしれない。龍の形をした大きな船だったような気もするしひげを生やした山高帽だったかもしれない。
でもたとえなんであれカプリスはここにいる、このカトマンザのどこか、闇の奥に。
「はじめましてカプリス」
狢は方向の定まらないまま暗闇に向かって話しかけた。すると低い奥行きのある声が返ってきた。
「やあ狢、ようこそ」
狢は闇の中をプシプシプシと三歩ほど前に進んだ。
「そこにいるんですか? カプリス」
「いるというよりこの闇が私なんだ」
「闇が?」
「長い間に闇と同化してしまったらしい。でも心配ない、君のことはよく見える」
狢は闇の中のぼんやりとした自分の姿に目をやった。