第一章 新たな訪問者トリッパー

カトマンザ

カトマンザに狢が来た日、深い海のように青くたゆたう闇の中で、トーテムポールとトーテムポーラがずいぶん楽しそうにお喋りしていた。その声は周囲には娃娃娃(あああ)としか聞こえない。

ポールとポーラの間を通り抜けるとそこにはカトマンザの精神(スピリット)、巨大な目(スーパージェントル)が赤々と燃える暖炉の炎を映しながら秒速七十ミリメートルでまばたきしている。

みんなは彼のことをスージーと呼んで敬愛している。そしてその更に向こうにはカトマンザを取り巻くようにして広がる森がある、カトマンザの中にだ!

カトマンザの森はカトマンザから扇状 (おうぎじょう) に広がってどこまでも続いている。入り口にはうっそうと茂る巨万の木々を擁(よう)して森の神エスタブロが、その広大な土壌を鎮(しず)めるように胡坐(こざ)しているという。だが彼を見た者はいない。

緑のカンファタブリィの真上にある直径六メートルの円盤型蛍光灯が青白い光を放って暗いカトマンザを照らしている。蛍光灯の上半分にはため息のバラが犇(ひしめ)いている。カナデはブードゥーを終えてサファイアのような目を伏せながらふっと小さなため息をついた。ため息はカナデの顔の前で白く固まりバラのつぼみになった。

─む、む、む狢─

呼んでいるのはラッキーだ。

─き、き、き君の、あ、あ、あ青い廊下─

夢を見ているのだろうか、そう思って狢は辺りの気配にはっとした、目の前に青い廊下がある。いつも心の中にある光景、想像で狢は何度もここへ来た。

ラッキーの姿はない。引き寄せられるように歩く狢。廊下の突き当たりには銀色の扉。青い廊下と銀色の扉、地響きを立てて何かが動き出した。

「夢じゃない……」

押し寄せる恍惚(こうこつ)、あふれ出すアドレナリン。体中の細胞がざわめき立ち血管が怒張する。興奮の坩堝(るつぼ)で足をすくわれそうになりながら、狢はやっとのことで青い廊下の銀色の扉の前に立っていた。