「夢じゃない、本当にここに来たんだ」
うわ言のようにつぶやいてもう一度振り返り、青い廊下を眺めた。太いシッポがプシプシ揺れた。いつもこの扉を開けてみたかった。今僕は青い廊下の銀色の扉の前にいる。胸の真ん中で心臓が大きく一回トクンと打った。
緑のカンファタブリィの広間には誰もいなかった。
「ナンシー?」
呼んでみても返事はない。ハンモックにラッキーの姿はなくカナデの金髪の束も見えない。みんなどこへ行っちゃったんだろう。
「ヨーラ、知ってるかい?」
例によって小さなキノコになって立っているヨーラは反応なし。
「オハヨー、オハヨー」
カトマンザの束の間の朝を告げるオハヨーの声。なんだろうあの声?語尾の上がる陽気な声に誘われて狢はゆっくりと歩き出す、プシプシプシとお決まりの足音を立てて。
昨日ナンシーがおいしいスープを作っていたキッチン、そこから伸びる白いリノリウムの階段、声はその上の方から聞こえてくる。光に向けた狢の瞳孔は横から見た碁石のように細くなった。
カトマンザにこんなに明るい場所があったなんて……。上がっていくと意外なほど広い場所に出た。声の主は靄(もや)が作り出す虹のベールの向こう側にいた。
「オハヨー、オハヨー」
南国色の美しい羽、おしろいを塗ったような白い顔、踊り場の止まり木に大きな赤い鳥がいた。
「やあ君だったのか」
階段はそこから角度を変えて屋上へと続いていた。ナンシーは鉢に入った揺れるユッカの前の揺り椅子に座っていた。ラッキーはひげそりの最中、光の屋上(ラブドーム)の敏腕(アビリティ)、Mr.荻(おぎ)の見事な手さばきで見る間に包帯だらけのイカした紳士になる。
ベイビーフィールのベイビードールを着替えさせているのは雪花菜(きらず)ばあや、その後ろで長い金髪をほどいて座っているカナデは奇跡のように愛らしい。