日本学術会議制度や日本教職員組合(日教組)などによる文治優先的とも思われる思想や教育の在り方が問われる。それ以前に、教育基本法のよって立つ憲法の在り方がまず問われなければならないであろう。

金国の下風にまで立たされたことで、周辺国に対する宋の威光が効かなくなり、華夷秩序(国際平和機能)が崩壊する。従来型の冊封を基本とする朝貢システムはここで一旦見直されることになる。

外交や軍縮条約においては一度譲歩すると次々に譲歩せざるをえなくなる傾向がうかがえる。

ロシアのウクライナ侵攻に対して中国の大阪総領事がツイッターに投稿した「弱い者は絶対に強い者に刃向うな」は自明の理(あたりまえ)であり、日本へ向けての警鐘としてありがたく受けとるべきであろう。またこの言は中国の本音として肝に銘じるべきである。

一方、屈辱的ではあったが文治政策によって長期の平和が保たれたことで、文化文明が大いに発展した。江戸時代に花開いた元禄文化もそうである。宋時代も三百年も続く安定した世であった。

唐代まではアラビアやイスラムの外国船に依存していた遠洋航海を、宋代になって東アジアや東南アジアまでは自製の中国船で往来できるようになる。また多くの文人や政治家をも輩出している。

王安石(おうあんせき)は年間の政府必要物資の種類と量を設定して、人民に生産できない物は要求せず、産するもので代納させて商人の中間搾取を廃し、合理化を図っている(均輸法)。

また、種籾 などを農民に低利で貸し付けて収穫時に返済させることにして、地主の圧迫から農民を救済した(青苗法)。さらには、農閑期に民兵を訓練して戦時に徴集するような「保甲法」や、農民に馬を与えて、平時は耕作馬として使用させ、軍事には軍馬として徴用する「保馬法(ほまほう)」制度などを考案している。

この方法は今日でいえば、パイロットや船員を国家予算によって数多く育成しておいて、平時は民間や官公庁などの各種公的な機関において勤務させておいて、有時には軍用機のパイロットや軍艦・商船の乗り組み員として運用するような考え方である。