仕事を第一と考える僕の両親は、子どもと一緒の時間を過ごしてはくれなかった。家族そろって夕食を、とか、今年の夏は海に皆で泳ぎに行こうね、とか、そういった家族行事は、僕の生家には全くなかったんだ。
僕には家族全員で何かをした、という記憶がない。自分でやらなきゃ誰もしてくれないから、今でも家事全般は一通りできるのさ。
両親も、僕が一人で過ごす時間が多いことを気にしてはいたんだと思う。僕の家には、お手伝いのまゆみさんや、書生の弘田さんがいた。でも、僕は誰とも馴染めなかった。唯一の仲良しは、どこにでもついてくる黒犬くらいさ。
毎日独りぼっちで食べる夕食もつまらなかったなあ。でも、僕には、それにもましてもっと嫌なことがあった。それは、学校だったのさ。
もともと引っ込み思案な性格だったし、他人ばかりに囲まれて育ったのに、人見知りが激しいんだ。体も弱かったから、学校に登校できない日も多かった。
つまり、同い年の子たちとの接し方が、まるでわかっていなかったんだ。教室の隅で、僕は毎日黙って座っているだけ。家にいる弘田さんが、変に気をつかって勉強を教えてくれるもんだから、授業は全く面白くなかった。
放課後に皆と遊びたいと思っても、その一言が言い出せない。喉の奥に何か詰まったような、重苦しい気持ちになっていると、皆はさっさと遊びに行ってしまう。
ああ、今日も言えなかったな、と思っていると、迎えの車が来るんだ。そして僕はいつものように家に帰り、弘田さんに勉強を教わった後、一人で食事をとる。こんな毎日だったのさ。
あの日のことは、今でも思い出せる。よく晴れた夏休みの朝、僕は倉庫の整理をしていた。その日は、特に蝉の声がうるさく聞こえたんだ。
僕は額に汗をにじませながら、漫画の本を探していた。あちらの箱を開き、こちらの棚を見ても、ちっとも見つからない。
一体、どこにしまったんだろう。買ってもらったばかりの服が、汗とほこりで、どんどん汚れて黒くなっていく。これはどこにあるかわからないな、この段ボールの中になかったら、もういいや。疲れ果てた僕は、したたる汗を腕でぬぐい取って、奥にあった段ボールの箱の中をのぞき込んだ。
まず、焦げ茶色の野球グローブが目に飛び込んできた。グローブの底には、白い軟式球が八個、黒いバットが数本入っていた。