ニシベツの方から何台かのバイクが走ってくる。千尋は庭の前の道路の縁に立ち、バイクの集団に手を振ると、庭の中に誘導した。

バイクの集団は、家と牛舎のちょっとした広場に並んで止まった。

そのうちの一台に千尋は小走りに駆け寄った。

「おはよう。山川君」

「おはよう。今日はよろしく」

まだぎこちないが、少しは女子との会話に慣れてきた山川であった。

山川は、出迎えた中渡重盛に挨拶をした。

「はじめまして。酪農科二年の山川です。今日はお世話になります」

内燃、大河、川原、出丸も、次々に挨拶した。

早速、ちょっと緊張気味の千尋と、重盛の周りに五人は集まった。重盛を囲んでのブリーフィングが始まろうとしていた。山川が緊張しながら口火を切った。

「先日のプロジェクト研究の計画発表で、中渡千尋さんの発言が気になったんです」

「牧場の中にメムがあって、コタンコロカムイのつがいが住んでいる」

「メムには、サケが遡上する。そして、入植以来草地更新をしていない」

「俺は、酪農が自然を壊すことは仕方のないことだと思っていました。でもそうじゃない酪農のやり方ってあるんだと、そのとき知ったんです」

「そこで、実際に自分の目で確かめたくてやってきました」

「特に、草地を見せていただきたいと思います」

大河は、

「俺たちはメムと、その周りの森を見せていただきたいと思います」と言った。

山川と大河の話を受けて、重盛がゆっくりと話し出した。

「そうだな。まずはどんな牛飼いをしているか、それを見てもらおうか」

重盛はそう言うと、千尋と共に五人を牛舎に案内した。

 

牛舎は、古風な対頭式牛舎である。牛は放牧に出ている。牛舎の真ん中がエサを与える通路になっていて、左右それぞれに、スタンチョン(牛の首を固定して係留する器具)が二○組ばかり並んでいる。

重盛は少し話す。千尋は父のすぐ後ろで、父の言葉に耳をそばだてている。

「搾乳牛は三〇頭ぐらいだ。それ以上に増やすつもりはない。家族四人でやっていくにはちょうどいい規模だからな」

「生産乳量は年間一八○tぐらいだ。だから、牛一頭あたり年間六○○○kgぐらいになるかな」

 

「今は、牛一頭あたり年間九○○○kgぐらいですから、三割ぐらい少ないですね」

内燃はそう言うと、気になったことを聞いてみた。

「それで、経営は成り立っているんですか」

【前回の記事を読む】100年近く草地更新していない牧場がある、と言う女生徒。山川は思い切って彼女を訊ねた