第一部

五男 忠司 ── 素晴らしき音楽家

サトウハチローの詩が幸運を運んでくれたのであった。撮影所でサトウハチローに会ったとき、「君は良いものを持っているから頑張りなさい」と、忠司に声をかけてくれたことで、いっそう自信が持てるようになったのである。

♪若い黒牛 黒牛が(ホイ)

 可愛い牝牛にあのねと云うた

 あのねのその後云えなんだ──

筆者はこの歌の(ホイ)という掛け声を入れる軽快なリズムが大好きで、よく口ずさんだものであった。

この『わが恋せし乙女』の映画音楽から始まり、忠司は生涯三〇〇本を超す映画、ラジオ、テレビ、レコード、校歌に至るまで、幅広い音楽活動を続けた。

特に、兄・恵介のその後の作品全四十三本は、すべて忠司の音楽によるものである。恵介の映画は素晴らしいが、音楽がさらに映画を引き立てているものも多いのではないだろうか。

恵介がフランス映画について実地調査を兼ねて、初めてパリに遊学した一九五一(昭和二十六)年から翌年にかけて、辻堂で父・周吉と留守を守っていた末弟・八郎に宛てて、たくさんの手紙を書いているが、その中に忠司のことを心配して書いた部分があるので、紹介する。

「忠司は何をしていますか。一生懸命にていねいな仕事をするように言って下さい。雑な仕事をしていると誰からも嫌われてしまいます。映画音楽の一流になりたいと想う努力がたりないようです。

 四月十七日 恵介」

恵介がパリから日本の様子を、どのように見ていたのかはわからないが、このとき忠司は三十六歳。恵介の作品十四本はもとより、他の監督の映画音楽も次々に担当し始めていた。四歳下の弟に対しての厳しさは、恵介自身の仕事に対する姿勢ではなかったのだろうかと思うのである。

恵介はパリに出かける二年前に、『破れ太鼓』を作っている。この映画には、時代劇の大スター阪東妻三郎が独裁的な頑固おやじを演じ、喜劇として仕上げたものである。音楽担当はもちろん忠司であるが、作曲家志望の次男役として出演もしている。

忠司が作詞作曲した主題歌『破れ太鼓の歌』を歌いながらピアノを弾き、全体の流れの中でも重要な役割を果たしているのだが、本人はとても照れくさかったと言っている。木下家の中では背が高く美男子の忠司は、あまり目立つことを好まない性格であった。

忠司はその後、恵介監督『女の園』と小林正樹監督『この広い空のどこかに』の音楽で、毎日映画コンクール音楽賞を受賞している。

テレビ『水戸黄門』の主題歌『ああ人生に涙あり』やテレビ特捜最前線『私だけの十字架』のエンディング曲、テレビアニメ『カリメロ』や『バーバパパ』の主題歌など、テレビでも広く国民に愛される歌をたくさん作っている。

木下恵介劇場『記念樹』の主題歌は、ドラマの内容とも結びついて、私は何回聞いても涙が出てくる。