プロローグ
私の職業は大学職員です。もう少し詳しく言えば、教員すなわち教育・研究者です。自分の研究をベースにした学部・大学院における専門教育に加え、研究を生業としています。
教育は、自分の担当教育分野のシラバス(授業の目的、到達目標、授業内容・方法、1年間の授業計画、成績評価方法・基準等を明らかにしたもの)に従い、その範囲の中でかなり自由に教育することができます。
昨今では、合格率が厳しく制限されハードルが高くなった(歯科医師)国家試験をクリアする知識を教育することがマストになっているという状況はありますが、教育内容・方略は教員の裁量に委ねられています。
教育には、市販の教科書・参考書や自分の学生時代の講義ノートが拠り所となりますが、教科書の記載がすべて正しいとは限りません。教科書には科学的根拠に基づかない著者の考えが述べられている箇所があるからです。行間から教科書の未解決問題を抽出することも教育力・研究力です。
研究では、専門(歯学)領域での問題点・未解決問題をベースに解決すべき具体的な課題を提示し、仮説を立て、その仮説を証明する研究方略を立案し、実際に調査・研究を実施し、トライアル&エラーで検証を重ね、得られた結果を論理的に考察し、最後には解決すべき具体的な課題の答えを提示します。そして、その研究成果を論文という形で発表します。研究における科学的根拠は、その時点で過去に発表された論文となります。
作家やミュージシャンにとって本や楽曲がプロダクトであるのと同様に、研究者にとっては自分の発表した論文が科学的根拠となるプロダクトとなります。すなわち、研究者も創造性の高いクリエイターと言えます。
科学研究においては、研究者の誠実性が強く求められ、その度合いは他の大半の専門職より高いかもしれません。公表された結果が不正確な場合には、科学の進歩が大きく遅れる可能性があるので、科学界は、結果を報告する研究者の誠実性に依存していると言えます(アン・M・コグヒル、ローリン・R・ガーソン編・中山裕木子訳「ACSスタイルガイド アメリカ化学会 論文作成の手引き」[講談社、2019年]より引用)。
別の事実が立証されない限り、研究の記述内容は公正なものとみなされますので、誤った結論は研究の進展にネガティブに作用します。このようなしくみを確実に機能させてい くことは論文の著者の責任です。研究という行為は、必然的に既存の方法や理論の限度を広げようとするため、判断や解釈の間違いが生じることもありえますが、研究における捏造・改ざん・盗用は明らかに倫理に反する行為(不正行為)となります。
目の前の事象を科学的に捉え、論理的に思考する力が、自然と身につくのが研究者であると思います。