第二章 晴美と壁
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「――皆さん、吃驚されるのですが、どうか、我が町の法律といってもいいものですので、ご了解願います。ではその四つの条件を今から申し上げたいと思います。
第一に笑顔を絶やさないほど明朗であること。
第二に動作が鋭敏で体力が頑強であること。
第三に最低、健常者一人、善常者――すでにお分かりのことと思いますが、精神障がい者です――一人の友達がいること(これは所定の証明書が必要となります)。
第四に善常者は少なくとも三年間は症状が寛解状態(改善された状態)であり、安定していること。以上です。
私は善常者と健常者との違いはただ一つ、前者は向精神薬を服用していることのみだと考えています」
晴美はその条件を聞いて「あっ」と心の中で悲鳴を上げた。こんな厳しい条件があるとは――。
健常者であろうが、精神障がい者であろうとも、そのまま無条件で『円い町』の町民になれると思っていただけに、相当な衝撃を受けた。とても現在の自分では不可能だと思った。
しかし、晴美はこのまま「あっ、そうですか」と引き下がる訳にはいかなかった。疑問点をきちんと訊こう、と思った。
リーダーの春恵さんはそれでもにこやかな顔を崩していない。何でも疑問点に答えますよ、という柔和で包容力に溢れた表情をしていた。
沈痛な面持ちで晴美は訊いた。
「精神障がい者を善常者と、どうして呼ぶのですか」
春恵さんは優しさをたたえた瞳で答えた。
「それはですね。もしこの世に健常者ばかりいたら、まあ、あり得ないことですが、私たちは社会を良くしようという気になりますか? ならないでしょう」
今まで考えてもみないことを言われたので、晴美はぽかんと口を開けた。
「違った人間がいてこそ社会というものです。特に昔から精神障がい者は特別扱いされ差別を受けてきました。私は、精神障がい者の存在こそが世の中を良くしていこうとする健常者の原動力になると思っています。彼らは害どころか、世の中の宝ですよ」
晴美にはこの理論はどうもよく理解できなかった。が、春恵さんは素晴らしいことを言っており、晴美みたいな精神障がい者を善意に受け入れてくれていることだけは体全体でよく分かった。
晴美は次の質問を投げかけた。
「『円い町』というのはどういう意味でしょうか?」
「ここの町民みんなが円い心になって、どんなことでも受け入れるという意味です。あなたもお気づきのことと思いますが、町民はそんな心でいるので、いつもにこやかな顔をしています。争いとか諍いなどこの町ではありません。平和で穏やかな瀬戸内海の凪のような町です」
「本当に素晴らしいですね。私はぜひ、この町に住みたいと思います」
晴美は突如、瞳を輝かせた。