六.計画発表
千尋は決然と語り始めた。
「生活科二年の中渡千尋です。みなさん、私の話をまず聞いてください!」
男どもは、千尋の言葉に、不意を突かれたようにかなり驚いた様子だった。何しろこのような状態で女子が発言をするとは思っていなかったからだ。伊藤と高島は驚きつつも見守っている。
「酪農がサケ・マスに本当に悪いのなら、私の牧場のメムに、サケが遡上(そじょう)するでしょうか?!」
千尋のこの発言で、怒号が飛び交っていた体育館が静かになってきた。水産科の生徒も、酪農科の生徒も興味を持ち始めてきたようである。
千尋は続けた。
「私の中渡牧場は、決して現代風の経営ではありません」
「乳牛の頭数も三〇頭ちょっとで、どちらかというと小さい規模です」
「曾祖父が牧場を拓いてから、草地更新をしたことは一度もありません。それでも、牛たちが、草が足りなくておなかをすかせる、ということはありません」
「私の牧場のちょうど真ん中に、メムと小さな森があります」
「そのメムにはサケが遡上して、何よりもシマフクロウ、コタンコロカムイのつがいが住んでいます」
「私たちアイヌ民族にとって、コタンコロカムイは村の守り神です。このカムイが存在するということは、酪農がこの地に受け入れられない存在では決してないことだと思います」
山川は千尋の発言に興味を持った。
(環境にやさしくて、一○○年近くも草地更新をしていないって?!)
山川は小声で高橋に尋ねた。
「あの中渡っていう子を、知っているか?」
「ああ、確か茶道部にいるみたいだぞ。よく作法室に出入りしている」
高橋は、写真部だから情報通である。
さてこれからどうするかと、吉崎と三木が考えていると、向かい側の中原校長と目が合った。中原校長は少年のようないたずらっぽい目で、笑っているように見える。吉崎と三木は何を考えているのかといぶかった。それでも千尋の発言で男どもは大方静かになったため、会を進行することにした。
生活科の計画発表は、男どもとは違い、子育ての課題や、介護の課題、それに家族の健康を支えるための食生活の課題、そして農場経営や水産経営の中にいかに自分の家の食生活を取り戻していくかという、『この地で生きていく』ということに真摯な発表が多かった。
中には、農業経営や水産経営の中で、夫婦が対等なパートナーシップになっていないことこそが課題である、まず第一歩として経営収支を夫婦で共有すべし、との発表もあり、男どもは苦虫を嚙み潰したような表情をする者も少なくなかった。
そうこうしているうちに、ありきたりの閉会となり、放課後になった。