第二章 飛騨の中の白川郷

「この村の宝は『ユイ』やさ。そやけど、この頃の合掌は専門の職人に頼んで屋根を葺き替えてまう。みんなユイを使わん。はんちくたいこっちゃ(はがゆい、腹が立つ)」

「そや、そや」

「合掌造りが世界遺産になったというより、この村を支えてきたユイの力が本当の世界遺産なんやさ」

「そやそや。世界遺産になったのは、建物だけでない。この村全体が世界遺産なんや」

「オレな、初めは世界遺産に反対やった。そやけど今は世界遺産になって良かったって思っとる」

 そこで篠原は今こそ取材のチャンスとばかりに口をはさむ。

「なぜ、世界遺産になるのを反対したのですか」

「そりゃ、世界遺産になれば観光客が増える。そやけど観光客が増えることが、この村にとっていいことかどうか考えたんやさ」

「そや。この村が好きで、何度も来てくれる、そんな観光客なら嬉しいけどな」

「ではなぜ、今は世界遺産になってよかったと思っているのですか」 

篠原はさりげなく取材を進める。

「そりゃ、誇りやな。こんなおぞい(粗末な)家、貧乏を見せるみたいで恥ずかしかったに、今は、合掌造りは誇りやもんな」

「あのエジプトのピラミッドと同じやで、世界遺産やもんな、はや」

「そや。合掌造りは、ピラミッド級の宝物や。でも、それはただ建物の話やないわな。合掌造りは村の心やさ。村の心が誇りなんや」

真面目な話をしながらも、村会議員の下原先生が、

「月に何回なんて言っちゃあ、男はオシマイよ。週に何回って言わんとな」

大声で言う。この辺りで、それぞれの酔いがぐっと深まり、誰が何を言っているかわからなくなってくる。