「ばかやろ、オレの話を聞け」

「ばかやろ、オレはニラは食べんのや」

「裕也、そりゃ、だしかん(ダメだ)ぞ」

「そや、だしかん」

「なんや、ばかやろ」

メチャクチャになる。やがて時間はぴったり十一時。酔っ払いながらもそれぞれ携帯をかけて奥さんたちを呼び始める。一番遠くても歩けば二十分くらいで着くのに、誰も歩いて帰らない。必ず奥さんたちがマイカーで迎えに来てくれるのを待っている。みんな山賊のような野郎ばかりだから闇が危なくて歩けないわけではない。

ただ、奥さんたちに甘えているのだ。奥さんたちもこんな夜中だというのに、きちんと化粧してにこやかに酔っ払った夫たちを迎えに来る。男尊女卑のようにも見えるが、男たちは威張っているわけでもなさそうだ。奥さんたちが迎えにくると、すっかりおとなしくなって、そそくさと帰って行く。

最後に河田夫人の瑞江が迎えに来た。今回、河田の合掌造りの家に住まわせてもらう時、河田が最初に言ったのは、

「この家に住んでもええって決めたのは、カカの瑞江や。たいていの東京の新聞社とかテレビの人は、村長とか村のえらい人を経由して、合掌の取材の話を持ち込んでくるものや。なのに、篠原君は村のえらい人を通さずに、一人であちこち頭を下げて回って、みんなに断られておったのが、気の毒やと言うてな。オレは瑞江が賛成しりゃ賛成やし、反対しりゃ篠原君がどんなにここに住みたいって言っても、そうするわけにはいかなんだ。オレは、何でも、瑞江に相談するんや」

ということだった。河田も、家の中では完全に瑞江に頭が上がらないらしい。これが村の普通の中年夫婦の暮らしのようだった。

初めのうちは、篠原は毎日の宴会に面食らっていたが、それが河田の親切心からであるとわかってきた。宴会の度に、白川郷の知り合いが増えていくのだ。そして一度一緒に飲むと、もう次に会った時はみな昔からの知り合いだったかのように親身になってくれるのだった。

以前は、あんなに冷たかったのに、うどん屋の主人とも一緒に飲んだので、今ではうどん屋の奥さんも店の人たちもみんな優しい笑顔で話してくれた。だんだん、村の懐に入っていく感じだった。しかし、それでも宴会の最中に、

「この立派な建物が、どうして白川郷に建てられたのでしょうね?」

という重要な質問をしても、誰もが知らない、わからないと言うのは変わりなかった。  また、別の日の宴会のことだった。宴会といっても、お客は一人で、河田の小学校の同級生だった水沢という人を連れてきた。連日の山賊のような男たちと違って、色白で静かな感じの人だった。河田も水沢は気が置けない相手なのか、いつもよりリラックスしていたので、篠原はさっそく取材を始めた。

【前回の記事を読む】いよいよ白川郷での暮らしがスタート!しかも合掌造りの家に住めるなんて・・・