カラスのクロ
進駐軍
大学会館の裏から松の木の間を上って進駐軍の道を通って下ると、直ぐに阪急宝塚線蛍池駅に着きます。食糧事情が悪い頃で、野菜などを手に入れるために大学会館の奥さんたちは蛍池の農家に買い出しに行っていました。一郎も買い物について行ったことがあったのです。あるとき、進駐軍の住宅地の周りには、鉄条網の柵が作られました。
「何でも、進駐軍の家に泥棒が入ったらしいわよ」
と母の春子さんが噂を聞き話してくれました。それ以来、鉄条網の向こう側を鉄砲を担いだ兵隊さんが24時間パトロールするようになったのです。
アメリカ人の兵隊さんと思っていましたが、近くで見ると日本人でした。純二が、
「こんにちは」
と拶挨をしたのに、難しい顔をしてこちらを睨んでいます。パトロール兵は話をしてはいけないのかと純二は思いました。
大学会館
豊中キャンパスは、私鉄の運営会社があたり一帯を寄付して設立された浪花高等学校(浪高)が前身で、戦後の学制改革で大学の教養部となりました。
このキャンパスに行くには、阪急宝塚線石橋駅を降りて東に向かって国道を渡り緩やかな坂道を上っていきます。正面に医学部附属病院分院と書かれた門が見えました。
門の前を右に折れて坂を上っていきますと、左手に大学病院の病棟、右手に池が見えてきます。この池は〝水泳池〟と呼ばれていました。本来は農業用のため池として造成されたものを、学校が交渉して水泳プール代わりに使っていたのです。池の中には水泳訓練用の飛び込み台跡が見えて、一部は崩れて杭だけが残っていました。
杭の上にはいつものように羽根の色のきれいなカワセミが止まっていて、水面にはカイツブリが水に潜ったり泳いだりしていました。〝水泳池〟横の坂の上には高いフェンスで囲まれたテニスコートが2面ありました。テニスコートの横をもうひとしきり上ると北校に到着します。