令和四年一月、神奈川県警警務部人事一課に所属する佐伯警部は、来年度の人事編成案の報告のため、本部長室を訪れた。
「角田本部長、佐伯です。失礼いたします」
佐伯は頭を下げながら本部長室に入室した。
「おお、佐伯か。相変わらずビシッと決まっているな。座れ」
整った顔立ちに加え、引き締まった身体に濃紺のピンストライプのスーツを身にまとった佐伯は、どこから見ても二枚目のいい男だ。
「本部長、本年の人事構想で私の意見をお聞きになりたいとか。どういったことでしょうか」
佐伯が手持ちの資料を開こうとした。
「おいおい、久しぶりに会ったというのに、いきなり仕事の話か」
角田は笑いながら煙草に火を付けた。小柄ではあるが、髪をオールバックにし、目つきの鋭い角田は、他を寄せ付けない雰囲気があるが、笑顔は人懐っこさを感じさせる。
「申し訳ありません」
「まあいい。お前は俺が長年見てきた部下の中でも、最も誠実で優秀な男だ。だから今日はな、お前の率直な意見を聞きたくてな」
「はい、私でお役に立てることなら」
「よし。お前は刑事部を解体することについてどう思う?」
「刑事部を解体ですか? それは刑事部がなくなるということですか?」
「そうだ。それについてどう思う?」
角田は口から煙草の煙を吐いた。
「正直申し上げて、刑事部は刑法犯の全てを担当する部署、年間の刑法犯の発生件数を考えると、他の部が肩代わりしたとしてもうまく機能するまでは検挙率が期待できないと思料されます。組対部が刑事事件をやるというならわかりますが」
「一度切り離した刑事部と組対部をまたくっつけるわけにはいかんだろ」
角田は面白くなさそうに煙草の煙を吐いた。
「それはそうですが」
佐伯は角田から目をそらし、下を向いた。
「俺はな、最近の多種多様な犯罪に即応できるような強靭な組織を作りたいんだよ。警察組織は未だ縦割り主義で横の連携は皆無といってもいい。こんな組織が国民の安全安心を守っていけるか?」
「はい、部長のおっしゃるとおり、私も今のこの体制には違和感を覚えます」
「ふむ。ではお前に聞く。最近の犯罪傾向はどうだ?」
角田が眼光鋭く佐伯をまっすぐ見据え、佐伯は思わず背筋を伸ばした。
「はい、最近はストーカーや恋愛感情のもつれ、DVや虐待等からの重要事件に発展する傾向にあります」
「そのとおりだ。この世の中、女にフラれただけで簡単に相手を殺すような時代だ。確かに殺人は刑法犯で刑事部の担当だ。ただ問題は、殺人に至るまでの背景や動機なんだよ。『この事件は殺人だから刑事部で』というような簡単な問題ではない。各部の垣根を越えて今の時代の複雑な事件に対処しなければならんのだ」
「おっしゃるとおりです」
角田の力の入った話に佐伯は圧倒され、いちいちうなずくだけだった。
「そこでだ。刑事部を生活安全部に統合するとしたら、どうだ?」