神仙思想を妄信する皇帝達が、短い在位期間で次々に交代するため政局は不安定となり、官吏は新皇帝誕生の度に栄達の近道として取り入ることを考え、主義を同じにする者が集まり派閥を形成するようになっていた。
そうしてできたのが李徳裕を中心にした旧来からの貴族派閥の李党と、一般から科挙に合格した牛僧孺を中心にした牛党と呼ばれる進士派閥である。
当初、両派閥は地方藩鎮に対する処遇の違いから反目していたが、対立は次第に私怨を含む感情的な党争に発展し、互いに相手を貶め合うようになったからである。
抑藩政策を推進する李徳裕は、自らが禁軍を指揮して戦場へ出向き、藩鎮討伐を終え久々に長安へ帰って来た。屋敷へ戻った李徳裕を待っていたのは李党の官吏、長安を留守にしていた間の牛党や宦官の動静を聞くため、前もって李徳裕が呼び寄せていたのだ。
若い官吏から一通りの報告を聞き終えると、李徳裕は老臣玄茗を呼び寄せた。
「父上の病の様態はどうか?」
「日に日にお躰の衰えが見えます。床から起き上がれぬ日が多くなりました」
と、玄茗が顔を伏せた。
「父上にはお元気でいて頂きたいが……牛僧孺らは己の無能を省みず、閑職に就いているのは単に父上に嫌われ追いやられたと思っている。父上が亡くなれば重石が外れ、これ幸いにと勢力を延ばすのが目に見えるようだ」
「おっしゃる通りかと……」
「少しでも父上に長生きして頂きたい……明日にでも、お見舞いに行こう」
「お父上様もお喜びになられると思います」
「他に変わったことはないか」
「聞く所によりますと、天子様のご様子が尋常でないと噂されております」
「どういうことだ」
「天子様のおっしゃることが日によって異なるため、仕える宦官達が右往左往させられると、嘆いていると聞きます」
「その話は先刻、儂の耳にも入っていた」
「それだけではありません、目に異様な光を帯び、食事の際に手が震え碗を取り落とすこともあるといいます」
「そうか、天子様も長くはないな……他には変わったことはあるか」
「特には思い当たりません」
と、玄茗は李徳裕の前を下がった。